石油産出国として知られる南米の国、ベネズエラ。この国は現在、経済危機で国家破綻寸前にあると報道されている。ハイパーインフレにより物価上昇率は最大200万パーセントを超え、400万人以上が国外に脱出。食べ物も薬もなく、無法地帯になっていると言われるこの国を、自分の目で見ようと訪れたのが本作の著者、北澤豊雄さんだ。
「日本では空っぽのスーパーや、骨と皮だけになって横たわるベネズエラ国民の様子が報道されていました。でも、そんななかでもベネズエラのプロサッカーリーグは中断せずに行われていました。本当に食べるものもないような状況なら、サッカーなんてやっていられないはず。一体どうなっているんだろうと、確かめたくなったんです」
北澤さんはベネズエラの隣国、コロンビアを拠点として中南米を取材するルポライター。40歳を前に一度は物書きの道を諦めて日本で就職したが、2019年に初の著作『ダリエン地峡決死行』が刊行されたのを機に退職。2作目の執筆のためにベネズエラを訪れる決心をする。
同じくベネズエラ情勢に興味を持つ2人のコロンビア人同行者を得て、3週間かけてベネズエラを横断する予定を立てた北澤さん。しかしコロンビア北部、ククタの街から国境を越えた3人の目に飛び込んできたのは意外な光景だった。
「『北斗の拳』とか『マッドマックス』のような荒廃した世界が広がっていると思っていたのに、スマホを持つ人々が歩いていて、八百屋の店頭には野菜や果物も積まれている。さらに最初に訪れたメリダという都市では、着飾った男女が酒を飲みながら、ディスコが開くのを待っていました」
治安の悪いベネズエラに行くにあたり身辺整理までしてきた北澤さんはすっかり拍子抜けしたが、後にその理由が分かってくる。
「ベネズエラは物凄く強烈な格差社会だったんです。お金を持っている人は、国外に住む家族や親戚にドルを送金してもらっている。そうすると、ドルの価値が高いので、むしろいい暮らしができてしまう。富裕層ファミリーの一晩の外食代が1万円なのに対して、店員の月給が500円。そんな歪んだ現象が発生していました」
思ったより普通な街の様子に驚きつつ、取材を続けようとしていた3人だが、その夜に事件が起こる。
「夜の街の状況を見たいと出かけた同行者の2人が、顔面蒼白で部屋に駆け込んできました。道で銃を突きつけられて、財布や携帯電話どころか、靴まで盗られてしまったんです。僕はお腹が痛くて宿で寝ていましたが、もし行っていたら、あからさまに外国人なので、もっと大きな被害に遭っていたかもしれません」
やっぱり『マッドマックス』だった、と感じる事態だが、北澤さんは飄々と語る。この旅では同行者が2人とも盗難に遭ったため、すぐにベネズエラから出国せざるを得なかったが、2週間後には再び空路でベネズエラに入国し、首都カラカスを訪れている。そこでは北澤さん本人がある被害に遭い、さらに3度目の取材では、ベネズエラから出国するのに、まさに「脱出」ともいうべき苦労を強いられている。なぜそこまで危険に身を晒せるのか。
「中南米のことになると、血が騒ぐところがあるんですよね。日本では大人しいんですけど(笑)。結局、ベネズエラには3回も取材に行くことになりましたが、日本での報道が『点』であるのに対して、その間をつなぐ『線』のような取材ができたと思います」
きたざわとよお/1978年、長野県生まれ。帝京大学文学部卒業後、広告制作会社、保険外交員などを経て2007年よりコロンビアを拠点にラテンアメリカ14ヵ国を取材。他の著書に第16回開高健ノンフィクション賞最終選考作となった『ダリエン地峡決死行』がある。