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クルドの新年祭で生肉ハンバーグ「チーキョフテ」をつまみに酒を飲む

真偽不明な伝説がつきまとう「半砂漠の生肉料理」とは

2020/05/07

 トルコ東部の“クルディスタン”(クルド人居住域)に「チーキョフテ」という不思議な料理がある。牛肉や羊肉のミンチを玉ねぎやハーブ類と一緒に練り込むところはハンバーグによく似ているが、なんとチーキョフテは加熱調理しない。ハンバーグのタネをそのまま食べるような感じだ。

 中東で生肉料理など他に聞いたことがない。ましてやチーキョフテを名物とするシリア国境付近の町シャンルウルファは夏には最高気温が40度にも達する内陸部の半砂漠だ。どうしてそんなところで生肉料理が生まれたのか謎である。

「肉をこねるとき壁に投げるらしいよ」

 そのせいだろう、チーキョフテには真偽の不明な伝説がつきまとっている。ある英語のガイドブックには「夏場に食べると確実に腹をこわす」と書かれていたし、イスタンブルのトルコ人(クルド人)は「シャンルウルファでは肉をこねるとき壁に投げるらしいよ」と笑った。

 外国人旅行者が腹をこわすのはともかく、壁に投げるとは何だろう? 意味が全くわからない。

 私は前々からこの珍妙なクルド料理が気になっていたが、現地ではついぞ食べる機会がなかった。そこで一度、中東料理研究家のサラーム海上さんに頼んで一緒に作ってみたことがある。実際に手作りしてみると――聞きしに勝るヘンな料理だったが――思いがけず美味しかった。

チーキョフテ

 美味しかったのだけど、やはり本場のクルドの人たちが作るチーキョフテを食べてみたいという思いも消えなかった。中華料理だってやはり本場の中国人が作ったものと日本人が作るものは微妙にちがうのが常だ。

「壁にぶつけて作る」なる伝説も謎のままだ。本場の人なら知られざる真相を知っているかもしれない。

日本で唯一のクルド料理店「メソポタミア」で

 3月20日の春分の日、私の悲願が思いがけない形で叶うことになった。

 昼と夜の割合が同じになるこの日は、クルド人の暦で新年にあたり、「ネウローズ(Newroz=新しい日)」と呼ばれ、トルコのみならずイラク、イラン、シリアなどに分散するクルドの人々が盛大に祝う。

 日本でも埼玉県の蕨市などを中心にトルコ出身のクルド人が数千人暮らしており、「蕨市のクルディスタン」を縮めて「ワラビスタン」などと一部で呼ばれるほどだが、毎年蕨市内の公園でネウローズのお祭りを行っている。

 しかし今年は新型コロナが発生し、お祭りは中止となった。しかたなく、日本で唯一のクルド料理店「メソポタミア」では、店のオーナー家族が親しい友だちとひっそりと祝うことにした。そして、そのクルド式正月料理の一つとしてチーキョフテを作るというのだ。オーナーはシャンルウルファに近いガジアンテップという町の出身で、やはりチーキョフテをソウルフードのように愛しているという。