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クルドの新年祭で生肉ハンバーグ「チーキョフテ」をつまみに酒を飲む

真偽不明な伝説がつきまとう「半砂漠の生肉料理」とは

2020/05/07
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オーナーのワッカスさんに「ネウローズ」について聞いてみた

 日が暮れた頃、埼京線の十条駅前にあるお店に行くと、オーナーのワッカスさんがにこやかに迎えてくれた。ワッカスさんはもともと言語学者で、レストラン経営のかたわら東京外国語大学でクルド語講座を受け持っている。民族にとって言語と食は最も重要な要素だから、その二つを司るワッカスさんは在日クルド人社会のリーダー的存在と言える。私は以前、ワッカスさんにトルコ語を少々習ったことがあるので、旧知の間柄だ。

 料理が始まる前に、ワッカスさんとその友人であるアイディンさんにネウローズについて聞いた。

 実はイランでも「ノウルーズ」と言って、同じように春分の日に新年のお祝いを行う。クルド語とペルシャ語は同じインド・ヨーロッパ語族のイラン語派に属し、したがってクルド人とイラン人(ペルシャ人)は民族的にごく近い関係にある。

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 イランとクルドでは祝い方は同じなのかと訊ねると、ワッカスさんたちは言下に「全然ちがいます」と答えた。

「イランではただの新年のお祭りだけど、クルド人にとっては独立の記念日なんです」

 独立!?

©︎iStock.com

クルドの人々が求める「クルディスタンの独立」

 クルド人はトルコにおいて長らく存在を否定されていた。「クルドは民族ではなく“山のトルコ人”だ」というのがトルコ政府の公式見解であり、同時に公の場でのクルド語の使用やクルド語教育も禁じられてきた。

 差別や偏見に対抗するため、クルド人の中から反政府武装勢力も現れ、政府による弾圧はなお酷くなるという悪循環がくり返されてきた。今ではEUの強い圧力からクルド民族の存在は認められるようになったが、依然として差別は解消されておらず、多くのクルドの人々は「クルディスタンの独立」を求めている。

 クルディスタンを何度か旅している私の感触ではクルド人の10人中8、9人は独立論者だ。「独立」の意味合いは人によって異なり、トルコからの完全な独立を求める人もいれば、イラン・イラク・シリアのクルド人居住域と合併して大クルディスタンを夢みる人もいる。もっと現実的にトルコ内での「自治」を求める人もいるが、いずれもトルコ政府が決して許さないことであるのは同じだ。

 だから、「独立の記念日」と聞いて、今日は政治的な催しなのかと一瞬ハッとしてしまったのだが、よく聞けば全然ちがった。「昔栄えたメディア王国の独立記念日」というのだ。

 クルドというのはひじょうに古い時代から今の場所に住んでいる民族だとされているが、学者によると起源は諸説ある。ただ、当事者であるクルド人の間では、紀元前7世紀にイラン高原から地中海まで支配したメディア王国のメディア人が直接の祖先だと信じられているらしい。

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