チーキョフテ作りはお酒を飲みながら
それにしても時間がかかる。ムスタファさんは額に汗を浮かべ、ひたすら食材をこねている。写真や動画を撮りながら見守っている私たちもさすがにちょっと飽きてきた。それを見透かしたようにワッカスさんが「クルディスタンではみんな、お酒を飲みながらやるんですよ」と言う。
クルドの家庭では料理はふつう女性の仕事だが、なぜかチーキョフテ作りに限っては男がやるものとされ、男だけが何人か部屋に集まり、一杯ひっかけながら、代わる代わる肉をこねるとのこと。今日は安全対策のため完全防護のムスタファさん一人に任せているだけだった。
酒が入れば遊び心も生まれる。
「肉を天井に投げることもしますね。もし肉が天井にくっつけば何かいいことがあるってね」
そういうことか! 「チーキョフテは肉を壁に投げて作る」という伝説の正体はなんと「占い」だった。やっぱり本場の人間の考えることはよそ者には想像つかない。
チーキョフテがどんなものか少しわかってきた。
世界には「みんなで集まって長い時間をかけて作る」料理が数多くある。私はそれを「コミュニティ料理」と呼んでいる。食べるだけでなく調理そのものがコミュニティの絆を深める。もちろんそれはお楽しみの時間でもある。日本での餅つきもその一つだろう。チーキョフテもそういう側面があるのだ。縁起担ぎの占いをしたり酒を飲んだり……。
しかし。ちょっと変だ。クルド人は保守的なムスリムでお酒はあまり飲まないと思っていたのだが……。そう言うと、ワッカスさんは「みんな、家の中では飲んでますよ」と笑った。
肉をこねるのが終われば完成
約20分後、万能ネギのみじん切りを加えると、あたりに餃子の匂いがたちこめた。考えてみると、挽肉、ネギ、ニンニクが入っているから似ているのだ。小麦だってちゃんと使われているし。
作業開始からざっと30分後、ムスタファさんは「はあ」と荒い吐息をついた。どうやら肉をこねるのは終わりらしい。そして、なにしろ加熱しない料理なので、これで完成。単なる肉と小麦粉とスパイスを練った塊である。私たちから見ると、ここから鍋で茹でるなり炒めるなりしたくなるので、「え、これで?」と言いたくなるが、おしまいなのである。
最後に練り物を片手でちぎり、手のひらでギュッと握り、細長い形にし、皿に並べる。これだけだとやっぱりまだ調理途中に見えるが、レタスとレモンを添えると不思議に立派な料理に見えてくる。
いよいよ試食。口に入れると、柔らかくてハンバーグのタネそのままのようだが、生のブルグルがコリコリと歯に当たる。他にない独特の食感だ。これまで「生肉」にばかり意識が向いていたが、日本の牛刺し・馬刺しや韓国のユッケなど生肉料理は他にもある。むしろ「生の小麦」を食べる料理の方が珍しいかもしれない。
味自体はとてもスパイシー。唐辛子が効いているし、他にもクミン、コショウ、シナモンの効果も絶大で、どことなく「シルクロード」を連想するようなエキゾチシズムを感じる。