ワッカスさんたちクルドの人たちを真似て、チーキョフテをレタスに巻きレモンを垂らして食べてみる。焼肉をサンチュに巻いてタレにつけて食べている感覚にそっくりだが、味は全然ちがう。何もかもが生。
肉も小麦も生という奇妙な料理が生まれたわけ
一見、とても野蛮な料理に思えるが果たしてそうだろうか。
チーキョフテを食べる地域は実は人類の文明が生まれた土地でもある。人類史上初の植物の栽培(小麦)も動物の家畜化(牛・羊)も、今から9000年前~1万数千年前にチーキョフテ地帯周辺で行われたと現在確認されている。
文明の代償として、そのエリアでは森林は早い時期に失われていった。家を作ったり、調理のために木を切っていったからだ。ワッカスさんによれば、「預言者アブラハムの時代、あまりに乾燥して木がないから生の料理(チーキョフテ)を作るようになった」という言い伝えがあるという。意外に本当なのかもしれない。野蛮でなく、文明が進みすぎた結果、肉も小麦も生で食べるという奇妙な料理が生まれたのかもしれない。
他の日本人の参加者にも感想を聞いてみた。
「美味しい。もっと肉々しいかと思っていたけど軽やか」という人もいれば、「焼く前の餃子みたい」とか「スパイスを食べてるみたい」と言う人もいた。たしかにスパイスのつなぎに肉と小麦が入っているようにも感じられる。
「お酒と一緒に写真撮らないと」とワッカスさんがギリシアの酒「ウーゾ」をもってくる。トルコではブドウの蒸留酒である「ラク」が有名だが、ウーゾも中身はほぼ同じだ。
「チーキョフテはいつ食べてもいい。ご飯の前でも後でも、午後のおやつでもいい。でもやっぱりいちばんいいのはお酒のつまみですよ!」
そして、このウーゾとチーキョフテは実によく合うのだ。強くて丸みを帯びた酒にスパイシーで軽やかな、でもワイルドな風味を残した生肉ハンバーグ。
これ以上ないほどの異国情緒を味わいつつ、大きく開け放たれた窓からは埼京線の踏切の音が聞こえてくる。
不思議なワラビスタンの新年祭なのであった。
写真=杉山秀樹/文藝春秋