家族には「血の繋がり」よりも「過ごした時間」が大事?
――そういう思いをもったのは、ご自身の経験からですか?
高畑 何でなんでしょうね(笑)。別に僕自身がそういう環境だったわけではないんです。ただ、こうやって疑似育児の話を描いて「自分はどうだったかなぁ」と振り返ってみると、父親とあんまりちゃんとした会話がなかったんですよね。最後にちゃんと喋ったのが、小学校くらいじゃないかな、というくらいで。
仲が悪い…というわけではないんですけど、あんまりしっくりいっていなかったというか。そういう経験もあったから、血の繋がりそのものよりも「そこから何をしてもらったか」の方が大事という思いが生まれたのかもしれません。
フィクションのコメディで際立つ新米パパ育児の“リアルさ”
――主人公が早起きしてのお弁当作りに苦戦したり、作ったお弁当の彩が微妙だったり…疑似的とはいえ、リアルな“新米パパの子育て”シーンが出てきます。SFコメディという作品に、そういう要素を盛り込んだのはなぜでしょうか?
高畑 編集サイドから、この漫画を作るうえで「ウソはひとつにした方が良い」という提案があったんです。今回の作品は宇宙人が出ている時点でもう大きなウソがある。だからそれ以外はリアルにしていかないと読者からどんどん遠くに行って、なんでもありの話になってしまう。基本的にはそれはよくないことなので、具体的なエピソードはなるべくリアルな声を拾おうということになって。
僕が実際は子どもがいないので、いろいろ調べながらですね。最近はインスタとかで育児アカウントを作っていらっしゃる方も多い。そういう人たちは色々「これを苦労していて…」とかの実情をアップしているので、編集さんとそういう情報を交換しながら、実際に子育てをしている方の苦労話とかを拾いながらやっています。