昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/05/13

気がつけば惚れ込んでいた森繁和前監督

 文化放送に入って一番嬉しかったことは間違いなく森繁和前監督に会えたことだ。最初は自分の担当ではない番組に森さんが来ると聞いて、休みを返上して会いに行った。ただのファンである。「森繁さんがドアラの口にスターティングメンバーの紙を突っ込むところが大好きです!」と言うと、「おい、文化放送には変なアナウンサーがいるな」と森さんが笑った。かっこよかった。

 森さんが来るたびに関係のない番組でも会いに行って、写真を撮ってもらいユニフォームにサインをもらいと多少迷惑なファン活動を続けていた。森さんはいつもおしゃれなスーツ姿で、あの強面からは想像できないくらい常に優しくて、とにかくかっこよかった。
 
 ある時、私が担当するスポーツ番組に森さんがきてくれることになった。いつか自分の番組でご一緒したいという夢が叶ったのは、去年の2月だった。与田監督1年目の2019年のシーズンを振り返るという内容。結果こそ5位だったものの大野雄大投手がノーヒットノーランを達成して最優秀防御率のタイトルを獲る大復活を遂げ、高橋周平選手が5月にプロ野球記録タイとなる月間8度の猛打賞を記録、大島洋平選手の最多安打など話題の多いシーズンだった。

 森さんは「その連中が、私が監督のときにちゃんとやってくれたら、私だってCS行けたのに」なんて意地悪く言いながらも、とても嬉しそうな顔をしていた。

「京田にしても周平にしても、とにかく1年間使い続けてみようと監督として考えていた。その選手が2019年はフルシーズンでいい活躍をしてくれたのは良かった。だけど安心して、今後もやってくれるだろうと期待した時にそれが続かないようではダメだ」と、育ててきた選手への愛を語りながらも厳しい言葉をかけていたのが印象的だった。

 私たちドラゴンズファンは知っている。去年、7年連続Bクラスを脱出し久しぶりにAクラス入りを果たしたのには、これまでコーチ、そして監督としてドラゴンズを支えて来た森繁和さんの偉大な存在があることを。
 
 私は森さんが監督時代の中日ドラゴンズに出会えて本当に良かったと思う。ファンを気遣い、選手に愛を持って育て、多くの素晴らしい外国人を連れてきて、今のドラゴンズを作り上げてくれた。私は気付かないうちに森繁和さんに惚れ込んでいたのだ。森さんがいなかったら、こんなにドラゴンズファンではなかったと思う。

 森さんと共演するという夢は叶った。私の次の夢は「ドラゴンズの優勝特番で森さんと共演すること」になった。

©舘谷春香

◆ ◆ ◆

※「文春野球コラム ペナントレース2021」実施中。コラムがおもしろいと思ったらオリジナルサイト http://bunshun.jp/articles/45136 でHITボタンを押してください。

この記事の写真(4枚)

HIT!

この記事を応援したい方は上のボールをクリック。詳細はこちらから。

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春野球をフォロー

文春野球コラム

中日ドラゴンズの記事一覧