たばこの煙が立ちのぼる中、切れ味鋭く対局時計を叩く
小学3年生か4年生頃から、休日は両国将棋センターに行くことが多くなった。
この頃の両国将棋センターでは、賞金が出るトーナメント戦をよく開催していて、有名なアマチュアの方々が集まっていた。その中には「真剣師」と呼ばれる人達もいた。
真剣師と聞くと怖いイメージがあるかもしれないが、私が実際に見て、将棋を指した人達はとてもユーモラスで、優しく、やはり将棋が大好きな人達だ。もくもくとたばこの煙が立ちのぼる中、切れ味鋭く対局時計を叩く姿は迫力があったし、鼻歌やギャグを口ずさんでいる様子は面白かった。
早指しの将棋を指している途中、直前に淹れたお茶に誤って手を入れ、「あちっ! いれたてのお茶か……」とつぶやいた人のことを、鮮明に覚えている。その人もめちゃくちゃ将棋が強かった。
紛れもない強豪ばかりだったので、三段位の私は平手では当然歯が立たない。
しかし両国将棋センターでは、手合割戦という、段位差に応じて上位者に飛車や角などの駒を落とすハンデをもらえるトーナメントもあった。そちらでは何度か優勝や準優勝をすることができて、手に入れた賞金を持って、再び将棋センターへ向かう日々が続いた。
中学1年生で女流棋士になり、少しずつ行く頻度は下がっていったが、高校3年生の春から再び、それこそ毎日のように通う日々が始まった。
令和の将棋道場は、どのような香りを作っていくのだろう
歯が立たなかった人達に、少しずつ勝てる回数が増えていった。
煙たかった将棋センターは分煙になり、禁煙になった。
まったくいなかった子どもが増え、優しくて怖い真剣師たちは減っていった。
昭和と呼ばれたであろう匂いを強く残したあの頃は、少しずつ平成に整備されていった。やっぱり少し、寂しさもある。あの頃の強烈な光景や、指した将棋はきっと、私の中のどこか大切な部分に、無意識に根付いている。
時代は令和になり、ネット将棋や将棋ソフトが完全に普及し、いつでもどこでも将棋を指せるようになった。移動する手間をかけずに将棋を指し、強くなれる。とてもありがたく、効率的だ。
それでも、将棋の楽しさはそれだけではないのだ。人と人が盤を挟むことで生まれる熱量はあるのだと、私は思う。
プロの将棋はその時代を映すと言う。将棋道場も同じはずだ。
令和の将棋道場は、どのような香りを作っていくのだろう。作っていくのは、将棋が好きで、そこに集まる人達だ。
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対局、解説、執筆……多方面で活躍している上田初美女流四段、そのコラムが文春将棋ムック「読む将棋2021」にも掲載されています。ぜひお買い求めください。