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「言葉の勉強に圧倒的に有効なのは読むこと」 東大教授が『老人と海』をモチーフに教える英語の“おいしい”読み方

『英文学教授が教えたがる名作の英語』より#前編

2021/05/02

source : ノンフィクション出版

genre : エンタメ, 読書, 国際, 教育

note

アメリカ小説の独特さ

 どうしてアメリカ小説ではこのような神話的な世界が描かれがちなのでしょう。

 アメリカ小説を語るときにしばしば言及されるのはイギリス小説との違いです。アメリカは遠く離れた植民地でしたから、本国で流行したさまざまな文物もやや遅れて伝播するのがふつうでしたし、異なる環境の下では異なった発展を遂げざるをえませんでした。近代小説というジャンルもそうです。もともとノヴェル(novel)は18世紀の英国で隆盛を見ましたが、アメリカに根づく過程で、少々異なった形をとっていきます。

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 とくによく指摘されるのが、イギリスの小説は写実性が強く、社会の中での人間のふるまいを描くことに力点がある、これに対しアメリカ小説では多少写実性は犠牲にしてでも、濃厚で過剰でインパクトの強い極端な人物や状況、展開などが描かれることが多いということです。そもそもアメリカでは人物たちを浮かびあがらせるための背景となる社会が十分に成熟していなかったので、主人公が自然や世界や宇宙と直接対決するという構図になりやすかったともいわれます。そこでは他者との交わりの中で個人を描き出すことよりも、個人の内面や思想を徹底的に掘り下げ、それに象徴的な表現を与えるという傾向が強まってきます。そんな中、イギリス的で写実性の高いノヴェルに対し、強烈な個性や極端な展開に特徴づけられたアメリカ的な小説を、古くからあるロマンス(romance)という概念でとらえる習慣が定着していきます。