「切符を切られないよう無理強いする行為は強要罪を構成する」
ここから“あなた”という呼び方が”お前”に代わり、幹部は自分が被害者のごとく化していく。立場を逆転させ、自分に有利に話を進めるためだ。
「いいか、お前が違反させるようなことをしているんだ。ウィンカーを出した時点で、お前のところから俺が見えたはずだ。お前があの場所で違反はダメだと旗を振れば、俺は違反しなかった。お前は違反者を減らせたのにそうしなかった。なぜだ? 違反を未然に防ぐのがお前の仕事だろう。それともキップを切るのが仕事か? 本当の仕事はどっちだ」
まくし立てられた警察官が黙り込むと、幹部は声音を和らげたらしい。
「今回ぐらいはいいじゃない。お互い悪いところがあるんだから、後で交番に行く」
そう言って警察官から名刺を受け取り、自分の運転免許証を控えさせた。名刺を渡し、その場で携帯にも電話をかけさせる。着メロが鳴り「間違いないだろう」と電話番号を確認させると、さっさと車に乗ってその場を離れたのだ。
「後にいた友人は違反キップを切られた。あの種の違反は目の前でキップを切らないとな」
この違反について警視庁の刑事に説明してもらうと「右折禁止の場所を右折するのは“指定方向外進行禁止違反”であり、故意、過失を問わず違反が成立しているので違反切符を作成しなければならない。これを怠ると犯人隠避罪になる。相手が警察官を脅迫して職務妨害すれば公務執行妨害罪だ。警察官に切符を切られないよう無理強いする行為は強要罪を構成する」という。
「“言った言わない”になるだけで証拠もない」
その後、幹部の携帯に警察官から緊張した声で電話がかかってきた。
「『後で来ていただけると言いましたが結構です。出頭命令の電話をさせていただきます』と言うから、『出頭命令、なんだそれ? そんなのあるのか』。受話器の向こうで上司がガーガー喚いていて、『ああそうか。お前、1人の考えだと何もできないってことか』と聞くと、そいつは声を低くして『そういうことです』。俺は『なら電話まってま~す』と電話を切った。
たぶん上司に滅茶苦茶怒られたんだろう。俺を帰してしまったからな。だが電話なんてかけてこない。かけてきたら『お前、あの時に今回はいいけど、次回は気を付けて下さいと言っただろう』と俺に言われるだけだ。話したのは2人だけ。他に聞いていた者はいない。“言った言わない”になるだけで証拠もない。強要もしていない。切られたキップがなければ、今からキップは切れない。電話をかけてきたら、手の平を返すだけだ」
と幹部は鼻で笑った。