昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「いきなりおじさんにガン見されて『遊び行こか?』と…」大阪・梅田の地下街で体を売っていた女性(30)の告白

日本色街彷徨 大阪・泉の広場#2

2021/04/29

 大阪・梅田の地下街の待ち合わせスポットとして知られる「泉の広場」。ここで売春をしていた当時17~64歳の女性61人が、売春防止法違反で大阪府警に現行犯逮捕されていた。府警は令和元年から2年にかけて約1年がかりで捜査していたという。

 大都会の真ん中で、何が起こっていたのか。『娼婦たちから見た日本』(角川文庫)、『青線 売春の記憶を刻む旅』(集英社文庫)の著作で知られるノンフィクション作家・八木澤高明氏が現地を歩いた。(全3回の2回目/#1#3を読む)

◆◆◆

常に「20人ぐらいはいたんじゃないでしょうか」

 住宅街の中を、微妙な距離感を保ちながら、歩いて2、3分の場所にあるベンチへと向かった。インタビュー時間は50分。

 杏梨(仮名)は今年、30歳になるという。ベンチに来るまでの会話で、待ち合わせをした町工場で働いていることがわかった。

大阪・梅田の地下街にある「泉の広場」。ここに杏梨さんは立っていた ©八木澤高明

「いつぐらいまで、泉の広場にいたんですか?」

「去年の夏ぐらいまでですね」

 そもそも彼女が広場に立つきっかけは何だったのか。

「私は新潟で暮らしていたんですけど、ちょくちょく大阪に遊びに来て、泉の広場を待ち合わせの場所にすることが多かったんです。初めて待ち合わせした時に、いきなりおじさんに、ガン見されて、『遊び行こか?』と誘われたんです。びっくりしましたね。それで、そういう場所なのかな、と思いました。大阪に住むようになって、出会い系の待ち合わせ場所にしたり、立つようになったんです」

大阪・梅田の「泉の広場」に立っていた杏梨さん ©八木澤高明

「常に何人ぐらいの人が立っていたんですか?」

「20人ぐらいはいたんじゃないでしょうか」

「妖怪」と呼ばれるおばさん4人は、おじさん相手に…

「年齢層も幅広かったみたいですね?」

「そうなんですよ。本当にいろんな人がいましたよ。こんなこと言ったら失礼なんですけど、『妖怪』と呼ばれていたおばさんたちも4人ぐらいいました。彼女たちは缶カラを集めているようなおじさんたちをターゲットにしているんですよ。トイレに行って手でやってあげるそうです。料金は5000円で、おじさんたちが1日働いて稼げるぐらいの料金なんじゃないですかね。妖怪目当てのおじさんたちは多かったですよ」

 杏梨によれば、大阪で「泉の広場」といえば、立ちんぼがいることで有名な場所ということもあり、客はすぐに誰が立ちんぼであるか認識して女性に近づき、値段の確認をするだけで、ホテルへと向かったという。女性の方からは目を合わせるぐらいで、声をかけることは無かったという。