残り少ない魏の人生を弄び、両親を手玉に取ったことへの憤り
そこで、桑原さんがAさんに対し、事件当時、遺体遺棄の際に現場にいた男の似顔絵を魏が描いている、と説明したのではないかと話を向けると、彼女は真っ向から否定する。
「魏巍からそういうことは聞いたことないですよ。Aさんにも話してないですよ。Aさんがそんなことを言ってから、私はどの方にも真実を話すことができなくなったんですよ」
魏にはまもなく最高裁での判決が下ることになっていた。そこではほぼ間違いなく、彼の上告は棄却され、死刑が確定する。そんな相手と養子縁組をして限られた人生を弄び、息子の犯行に胸を痛める中国の両親を手玉に取ったことに憤りを禁じ得なかった。だが、必死に自分をなだめて尋ねる。
「真心のおカネは貰いました。ただ、内容は憶えてない」
「あなたを信頼して養子縁組までした魏巍の救援活動は、いまはやってないんですか?」
「はい、そうですよ。鈴木教授もやってないですよ。だって迷惑かけるもの。嫌なこと言われたし。1000万円預かって遣い込んだって、事実でもないこと言われてるじゃないですか。魏巍の母とは言えませんよ。こんな女が魏巍の面倒見ることできませんよ……」
さらに彼女は矛盾する発言を重ねる。
「(魏の両親から)真心のおカネは貰いました。ただ、内容は憶えてない。中身は見たことないですから。封筒に入ったままなので。ただ、私としては償いをさせていただきます」
なんとも中身のない回答だった。彼女とは翌日も電話で話したが、虚言だけが並ぶ堂々巡りの内容だった。そして翌々日、以下の伝言が私の携帯電話の留守電に残されていた。
「小野さん、これが最後の連絡です。私が(※誰からとは話さず)貰った金額を調べました。1万元と4万元でした。以上です」
当時のレートで日本円にして計65万円あまりである。以来、彼女は私の電話に一切出ることがなくなった。そして直接訪ねた「宙の花」も看板を下ろし、事務所があった場所には誰もいなくなっていた。