都会にあった“空気みたいなあたりまえのこと”
最初にも触れたとおり、2人は田舎暮らしへの明確なプランがあったわけではなくて、“田舎への引っ越し”くらいの軽い気分での移住であった。むろん、ハードな古民家ぐらしへの覚悟もほとんどなかったのである。このあたりの悪戦苦闘は、『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』の第1巻にも描かれている。
「ほんとにマンガのままでしたね(笑)。あとは、ぼくたちにとって大きかったのはちょっとおいしいコーヒーでも飲んでゆっくりしたいなと思っても、ぜんぜんカフェがないんです。下調べが足りなかったのも事実ですが、都会生活が長かったので、車で15分走ってマックがやっと……みたいな感じの生活には、思っていた以上にギャップを強く感じてしまって……」(クマガエさん)
2人がそれまで暮らしていた渋谷区では、何も考えずに歩いていればどこにだってカフェがあり、コンビニがあり、駅に行けば待つことなく電車に乗れる。ところが、そうした利便性は田舎暮らしにはなかった。都会では空気みたいにあたりまえのことが、田舎にはないのだ。
「いろいろ人によってなくて困るものは違うと思うんですが、ぼくらにとっては美味しいコーヒーでホッとひと息つける、都会のカフェのような場所が近くにないっていうのは案外ダメージが大きかったです。渋谷区にいたときにはほとんど意識したことはなかったんですが、行ってみてわかった。そういう面では、都会的な暮らしから完全には離れられないなって」(クマガエさん)
自分にとってほんとうに大事なものが何かわかる
ちなみに、クマガエさんとルキノさんの出会いは新宿のゴールデン街。それからも週末は終電から朝まで酒を飲む、そんな日々を送っていたという。いかにも東京らしい生活である。だが、クルマ社会の田舎では気軽に酒を飲みに行けない暮らしになる。そのギャップはどうだったのだろうか。
「いや、実はあまり気にならなかったんですよ。あんなに毎日のようにお酒を飲んでいたのがウソみたいに、飲みに行かなくなりました。毎日飲みに行っていても、それは自分たちにとって実は重要じゃなかった」(ルキノさん)
自分にとってほんとうに大事なものが何かがわかる――。田舎移住の副産物のひとつなのかもしれない。