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《失恋を苦にして2人の友人が亡くなった》北タイには「集落が承認しない結婚は不可」という山村がある

《失恋を苦にして2人の友人が亡くなった》北タイには「集落が承認しない結婚は不可」という山村がある

北タイ・冒険の谷 #2

2021/05/05
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1人は立ち木に縄をかけ、もう1人は猟銃で...

 密林がそれまでと違って見えてきたのには、きっかけがある。数年前、近くの山村に住む友人二人が、相次いで自死した。ともに独身だった。この手の事件は集落のタブーだ。でも村の中年男たちが酔いにまかせて口走るのを、私は聞いた。二人とも失恋を苦にして、一人は立ち木に縄をかけ、もう一人は猟銃で命を絶ったらしい。

 これを境に私は、密林の上辺を静物画のように愛でていないで、密林の中へ時には立ち入ろう、と決めた。

 意外にも、若者の一人が、小声で話してくれた。

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村外れの林道。左手の茂みに小川が隠れている(雨季に撮影した写真)

 自死の二件と直接関係はないものの、「両親から許しが得られても、集落が承認しない婚姻は不可」という山村もある。村の慣習に横やりを入れかねないヨソ者の転入を阻止するためだ。村の娘と、村外の異教の男との恋仲はとりわけうとまれる。これには然るべき理由がある。そもそも山村には、人手、資金、技術が充分にない。その上で昔ながらの宗教儀式、農作業、家屋建築、道普請、灌漑工事を満足に行なうには、村びとどうしの固い結束が不可欠なのだ。

勢いに任せての駆け落ちもできない

 集落からの不承認に従わなければ、当人たちはもちろん、その親兄弟までが、何らかの制裁を受けかねない。里山への出入りを禁じられ、また村神をいただく成員組織から外されるかもしれない。

 だから、勢いに任せての駆け落ちもできない。あらがうなら、婚約を解消したあとで、村からひっそりと退出するまでだ。でも耕作地を放棄してよそに移るのはむずかしい。思い切ってふもと町へ出ようにも、そこで通用する主要民族語の北タイ語が不得意だ。

雨季の棚田。山裾に流れる川沿いに開けている。

 こんな込み入った話を聞くと、壮大な密林を眺めていても、思いがけず胸がふさがることがある。「悲恋などハナからない」と、密林がシラを切っているようにも見えるからだ。

【続き】「油をさそう」“婚期をほぼ逃した”と自認する村の男たちが私に言ったスラングの意味

北タイ・冒険の谷

富田育磨 ,久保谷智子

めこん

2021年4月23日 発売

《失恋を苦にして2人の友人が亡くなった》北タイには「集落が承認しない結婚は不可」という山村がある

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