1人は立ち木に縄をかけ、もう1人は猟銃で...
密林がそれまでと違って見えてきたのには、きっかけがある。数年前、近くの山村に住む友人二人が、相次いで自死した。ともに独身だった。この手の事件は集落のタブーだ。でも村の中年男たちが酔いにまかせて口走るのを、私は聞いた。二人とも失恋を苦にして、一人は立ち木に縄をかけ、もう一人は猟銃で命を絶ったらしい。
これを境に私は、密林の上辺を静物画のように愛でていないで、密林の中へ時には立ち入ろう、と決めた。
意外にも、若者の一人が、小声で話してくれた。
自死の二件と直接関係はないものの、「両親から許しが得られても、集落が承認しない婚姻は不可」という山村もある。村の慣習に横やりを入れかねないヨソ者の転入を阻止するためだ。村の娘と、村外の異教の男との恋仲はとりわけうとまれる。これには然るべき理由がある。そもそも山村には、人手、資金、技術が充分にない。その上で昔ながらの宗教儀式、農作業、家屋建築、道普請、灌漑工事を満足に行なうには、村びとどうしの固い結束が不可欠なのだ。
勢いに任せての駆け落ちもできない
集落からの不承認に従わなければ、当人たちはもちろん、その親兄弟までが、何らかの制裁を受けかねない。里山への出入りを禁じられ、また村神をいただく成員組織から外されるかもしれない。
だから、勢いに任せての駆け落ちもできない。あらがうなら、婚約を解消したあとで、村からひっそりと退出するまでだ。でも耕作地を放棄してよそに移るのはむずかしい。思い切ってふもと町へ出ようにも、そこで通用する主要民族語の北タイ語が不得意だ。
こんな込み入った話を聞くと、壮大な密林を眺めていても、思いがけず胸がふさがることがある。「悲恋などハナからない」と、密林がシラを切っているようにも見えるからだ。
【続き】「油をさそう」“婚期をほぼ逃した”と自認する村の男たちが私に言ったスラングの意味