日本に本部を置くNGOの現地担当として、北タイの山奥で調査活動を行う日本人研究者・富田育磨氏が出版したエッセー「北タイ・冒険の谷」(めこん)が話題だ。
富田氏が1年の大半を過ごすという北タイの集落はミャンマーやラオスと国境を接した山地にあり、電気も通じておらず、郵便も届かず、もちろん携帯電話やインターネットも使えない。そこではタイ語とは違う言語を持つ、カレン族やアカ族などの少数民族が、山の斜面で焼畑等を行ない、自給自足的な生活を営んでいる。
彼らが過酷な自然環境を生き抜き、持続可能なかたちで共同体を営むために培った生活の知恵とは一体どんなものか。2008年から10年以上にわたって富田氏が研究に没頭し続ける、現地文化の魅力に迫る。(全4回の3回目。#1から読む)
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「嫁取りの気概のある男」と見なされるために
ここの集落では、三〇代半ば過ぎの独身男性が、ある種の存在感を放っている。好きこのんで独身でいる訳ではない。人柄や見かけはおよそ申し分ない。でも年頃の女性と知り合う機会が少ないのだ。しかも村で「嫁取りの気概のある男」と見なされるには、農作業に熱意を見せ、しかも酒や煙草を控えなければならない。
居候の私は、ぜいたく品の酒や煙草を村内で口にすべきでないと思っている。とはいえ、「婚期をほぼ逸した」と自認する村の男たちからすれば、四〇代で独身の私は、彼らの先輩株らしい。夕方になると「油をさそう」というスラングで彼らから誘いがかかる。以前はよく顔を出した。「油」というのはアルコール度数三五度の安酒で、町の食料雑貨店で入手できる。匂いにクセがある。