日本に本部を置くNGOの現地担当として、北タイの山奥で調査活動を行う日本人研究者・富田育磨氏が出版したエッセー「北タイ・冒険の谷」(めこん)が話題だ。
富田氏が1年の大半を過ごしている北タイの集落はミャンマーやラオスと国境を接した山地にあり、電気も通じておらず、郵便も届かず、もちろん携帯電話やインターネットも使えない。そこではタイ語とは違う言語を持つ、カレン族やアカ族などの少数民族が、山の斜面で焼畑等を行ない、自給自足的な生活を営んでいる。
彼らが過酷な自然環境を生き抜き、持続可能なかたちで共同体を営むために培った生活の知恵とは一体どんなものか。2008年から10年以上にわたって富田氏が研究に没頭し続ける、現地文化の魅力に迫る。(全4回の2回目。#1から読む)
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ここには「大げさな深呼吸」を習慣にする人はいない
一時帰国中のことだ。せまい仕事場の窓から新宿の高層ビル群をふと眺める。すると街全体が、換気扇のついていない部屋のように錯覚されることがある。建造物に囲まれた場所だと、空気がどうも使い回されているような気がするからだ。
一方、北タイの山奥に戻って、村はずれの峠や焼畑から辺りを見渡す。高木の密生する山並みがどこまでも続く(写真)。日射しの加減で、山肌は所々で白っぽかったり黒っぽかったりする(写真)。空気を吸い込むと、酸素が体内に溶け込んでくるのがわかる。
──以前なら、そんな深呼吸ができた。でも最近はそうもいかない。なるほど都会から来た部外者にしてみれば、密林での仮り住まいは、ふだんの人工的な暮らしから離れて、リフレッシュするのに都合がよい。でも土地に根ざす村びとにしてみたらどうか。森林浴や大げさな深呼吸を習慣にしている村びとを、ここでは見かけない。