日本に本部を置くNGOの現地担当として、北タイの山奥で調査活動を行う日本人研究者・富田育磨氏が出版したエッセー「北タイ・冒険の谷」(めこん)が話題だ。
富田氏が1年の大半を過ごすという北タイの集落はミャンマーやラオスと国境を接した山地にあり、電気も通じておらず、郵便も届かず、もちろん携帯電話やインターネットも使えない。そこではタイ語とは違う言語を持つ、カレン族やアカ族などの少数民族が、山の斜面で焼畑等を行ない、自給自足的な生活を営んでいる。
彼らが過酷な自然環境を生き抜き、持続可能なかたちで共同体を営むために培った生活の知恵とは一体どんなものか。2008年から10年以上にわたって富田氏が研究に没頭し続ける、現地文化の魅力に迫る。(全4回の4回目。#1から読む)
◆
恋人の存在をオープンにできない山村も
中高生のような若い世代でも、慣習的に、恋人の存在をオープンにできない山村もある。そんな土地では、カップルで食事に出かけたり、眺めのよいところで並んで座ったり、花火を見ながら手をつないだり、なんていう光景は見られない。
恋人の存在が村で明るみに出るのはふつう、二人の婚約話がまとまったあとだ。なるほど、自分たちの慣習を大事にする少数民族集団が、恋愛についても昔ながらの作法を重んじるのは分かる。でも若者にはちょっと窮屈なんじゃないかという気もする。
そんな矢先、村の若者たちの恋愛模様を垣間見る機会があった。
一〇月のとある日、私は、村の仲間三人とピックアップでふもとの町へ下りた。村内の排水路改修用のセメントや砂利を調達するためだ。そして用事を済ませた夕方、彼らを安食堂へ誘った(写真)。