日本に本部を置くNGOの現地担当として、北タイの山奥で調査活動を行う日本人研究者・富田育磨氏が出版したエッセー「北タイ・冒険の谷」(めこん)が話題だ。
富田氏が1年の大半を過ごすという北タイの集落はミャンマーやラオスと国境を接した山地にあり、電気も通じておらず、郵便も届かず、もちろん携帯電話やインターネットも使えない。そこではタイ語とは違う言語を持つ、カレン族やアカ族などの少数民族が、山の斜面で焼畑等を行ない、自給自足的な生活を営んでいる。
彼らが過酷な自然環境を生き抜き、持続可能なかたちで共同体を営むために培った生活の知恵とは一体どんなものか。2008年から10年以上にわたって富田氏が研究に没頭し続ける、現地文化の魅力に迫る。(全4回の1回目)
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1年間につぶされたニワトリ500羽のうち、8割が生け贄
興味深い食育の試みが、日本の一部の小学校で行なわれている。子どもたちと先生方が、保護者や地域住民とともに家畜を飼育し、その肉を調理して食べるのだという。この体験を通して子どもたちは、食物連鎖や生態系について学ぶのだろうと思う。
私の出入りする少数民族山村でも、子どもたちが「自然との一体感」を肌で感じるときに、やはり家畜が関わっていることがある。
敬虔な精霊信仰の村では、家畜を飼育する目的が、肉や卵の採取ではなく、儀礼で使う生け贄の安定的な供給にあるという。なるほど、ここでは改良種のニワトリやブタをほとんど見かけない。「在来種だけが生け贄の役目を果たせる」と考えられているからだ。
この慣習について、私は、ある二〇戸の集落で聞いて回ったことがある。すると「一年間につぶされたニワトリ五〇〇羽のうち、八割が生け贄」との結果が得られた。長老は、「家畜を飼育し、つぶし、食べることは、大人はもちろん子どもにも特別ではないよ」と語った。