TBSが「取材の見返りに助けてくれる」
──日本の新聞やテレビは警察発表をそのまま流す仕組みなので、警察が間違った発表をしてもそのまま報じてしまうんですよね。その後、もちろん謝罪なんかはされていないでしょう?
兄貴:ああ。俺は無免許運転や在留カードの問題で逮捕されているだけなのに、豚泥棒扱いされたのはたまったものじゃない。だが、最近になってTBSとかいう日本のテレビ局がこの家に来た。俺を取材させてくれと言って。
──応じたんですか?
兄貴:まだ撮影していないが、名声を取り戻すための撮影だ。俺は今回の逮捕について名誉毀損の裁判を起こしたいと思っているんだが、TBSの人間が手伝ってくれると言った。それなら、取材を受けるのも悪くないと思うな。
──兄貴としては「オレを見てくれ!」というわけですね。弁護士はどう探すんですか?
兄貴:TBSの人間がいろいろ手伝ってくれるんだ。
──ところで、兄貴は30代後半の割に身体を鍛えている印象ですよね。ボディビルとかやってますか。
兄貴:サッカーぐらいだ。それでも最近は下腹が出てきてしまったよ。
海千山千の兄貴と冤罪
事実上の冤罪の被害者とはいえ、兄貴は海千山千の……もっと率直に書けば「怪しげな」人物ではあった。
彼は自分の利益になること(=自分と家畜窃盗事件は無関係とする主張)はどんどん話すいっぽう、本人の過去について尋ねると不機嫌になったり、結果的には立件されなかったが容疑を認めた拉致事件の詳細はボヤかしたりと、のらりくらりと取材に応じていた。
TBSが取材に応じる返礼として兄貴の裁判を手伝うという話も、実現するかは不明である。そもそも天下のTBSが、フリーランス(私)が現地に通い詰めて開拓したネタを、取材対象への便宜供与をエサに横からかっさらうような行儀の悪い振る舞いをするわけがなかろう。たぶんオウム幹部にビデオを見せたりもしていないと思う。
さておき、北関東の家畜窃盗事件の真相については、拙著『「低度」外国人材』(KADOKAWA)でも推論を書いている。かいつまんで言えば、兄貴はおそらくこの事件とは深い関係がなく、そもそも一連の家畜窃盗が組織犯罪であるかも怪しい。だが、在日ベトナム人の技能実習生や不法滞在者が多数関係していることは確実だというのが私の見立てである。
外見と名前のインパクトがありすぎる“群馬の兄貴”の逮捕劇を大々的に報じた日本側の報道が、翻訳されて在日ベトナム人のコミュニティにも大きく流れたためか、昨年末以降に北関東の家畜窃盗は激減したという。兄貴については事実上の誤認逮捕とはいえ、ひとまず犯罪の抑止効果だけはあったのだ。もっとも、あまりスマートな方法ではなかったことも確かである。