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2021/05/09

 同期であるアキナ・山名文和は、「(ジャルジャルの)ネタの分析しながらひとつずつ採点(していた)」(「Quick Japan」Vol.151)と駆け出し時代の山内を振り返っている。

 NSCの卒業間際でCクラスとなった濱家は、6人目の相方として山内を選んだ。コンビ結成は2004年。芯が強く冷静に分析する山内と、兄貴肌と繊細さの両面を持つ濱家。このコントラストこそ、かまいたちの魅力の核心と言えるだろう。

『めちゃイケ』『はねトび』後継番組で失敗

 かまいたちのチャンスは、比較的早い段階でやってきた。

 2007年の「第28回ABCお笑い新人グランプリ」で最優秀新人賞を受賞後、次世代のスター候補として『新しい波16』(フジテレビ系)に出演。多数の若手芸人の中で存在感を示し、2009年に始まった新番組『ふくらむスクラム!!』のレギュラーメンバーに抜擢されたのだ。

『新しい波』は、8年周期で次世代のお笑いスターを発掘しようと企画・制作された番組だ。集結した大勢の若手芸人の中から選抜メンバーを決定し、新番組をスタートさせるのが恒例のパターンとなっている。それ以前には、人気番組『めちゃ×2イケてるッ!』『はねるのトびら』を生み出しており、「レギュラー出演=ブレーク」と言っても大袈裟ではないイメージがあった。

 真ん中には、高校を卒業したばかりのオレンジサンセット(2020年解散)。ヒカリゴケ(2014年解散)、少年少女(2014年活動休止)、ニッチェ、しゃもじが脇を固め、かまいたちは最年長の兄貴的なポジションを担った。これは『めちゃイケ』でいうなら、ナインティナインに対する年長組の極楽とんぼ、『はねトび』ならキングコングに対するドランクドラゴンのように、“もり立て役の長(おさ)”となる存在だ。前例の定石を踏み、人気番組へと駆け上がっていくはずだった。

 しかし、その予想は早々に打ち砕かれる。

濱家隆一(2019年) ©文藝春秋

 

 番組が開始して間もなくリニューアルを迫られ、AKB48の前田敦子、モデルの小森純を加えて後続番組『1ばんスクラム!!』をスタートさせるも、2010年3月には半年で打ち切りとなった。先述の「Quick Japan」の中で山内は「『確実なものなんてないんや』と気づきましたね(笑)。ネタでスキルを証明しないと売れない、それも『キングオブコント』か『M-1』で優勝しないと無理だろう、という考えが強くなっていった」と当時を振り返っている。

 ちょうどスマホやSNSが一般化し始めた時期だ。今考えれば、“個人の時代”への端境期だったと言える。『オレたちひょうきん族』から始まった多くの芸人が集結するだけの総合バラエティーは限界を迎えていた。

 時代の潮目で、かまいたち1度目の東京進出は失敗に終わった。

大阪時代の過酷なロケ芸人に

 2010年から再びかまいたちの主戦場は大阪となった。劇場でコントや漫才を披露するかたわら、在阪局の過酷なロケをこなしていく。