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女番長役の女優は前歯を抜いた

 代々木監督は女番長映画を撮りつづける。

「気合い入れて来いよ」

 代々木監督は次週の出演者である無名の女優にそう声をかけた。

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 女番長役として指名がかかった彼女は、気合いを入れるにはどうしたらいいのか、彼女なりに悩んだ。

 いままで脇役ばかりだった彼女にとっても、こんな大きなチャンスは無い。

 さあ、どうする。

 気合いを入れた彼女は何をしたか。

 前歯を抜いた。

 当時、シンナー遊びや喧嘩で前歯が無いのが不良の特徴であり、売りであった。

 前歯を抜いて撮影現場に颯爽とやってきた無名の女優はその後、愛染恭子という名で日本を代表するハードコア女優となる。

「おれが問題を抱えているから、問題のある女ばかり呼んじゃう。でも...」

 勃興してきたビデオは映画に比べると素早く撮影ができるので、ハプニングを撮るのには向いていた。

 ドキュメントタッチで撮ろうとした代々木監督にこそ、ビデオは最大の援軍であった。

 出演者たちにシナリオを与えず、同一の空間で巻き起こる人間関係をドキュメントタッチで撮りきる。

 途中まで真犯人を決めないで執筆する長編推理小説のようなものだ。失敗するか成功するかは、撮っている監督自身もわからない。

 だからこそ視聴者も、どう転がるかわからない映像に引き込まれていく。

 代々木マジックと呼ばれる所以だった。

 成城に豪邸を建て、ふたりの愛娘に恵まれた。

 本来なら確実に売れ行きが保証される単体女優をいくらでも撮れるのだが、無名の、それも心に傷を負った女たちばかりを撮り続ける。

「おれが問題を抱えているから、問題のある女ばかり呼んじゃう。でもその女を癒しておれが癒される。相手を癒してこのおれも癒されるんだ」

 星野なぎさが出演し、男たちをさんざ弄ぶ「平成淫女隊」の撮影現場になった渋谷のホテルOZで、休憩中、私に思い出話を語っていた代々木忠は、テーブルライトに照らし出されながら、子分の不始末を背負い、切断した左手小指を見つめて、つぶやいた。

「噴水のようにここから血が噴き出していった……」

 横顔は凍てつくほどの孤独に彩られていた。

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