「ショックだった」という言葉で威圧
そんな大号令について、
《「やり口」が次々とあらわになる。与党からも「九割は無理筋だ」との声も上がる。》
まさに「やり口」という表現がぴったりだ。コロナ前もこういう強引な「やり口」が官邸発であったのだろうとつい考えてしまう。
そんななか菅首相は自治体の一部が7月末には間に合わないと回答したことについて、
《「ショックだった」と述べたうえで、一層の協力を呼びかけました。》(NHK・5月13日)
このショックという言葉、自治体関係者は「あえて失望感を出すことで、威圧している」と思ったという。(中日新聞Web・5月16日)
その結果として政権の意向に沿った回答が積みあがったのである。
今、コロナで可視化される忖度のシステム
ではもっと、もっと、詳しくわかる地方側の記事を見てみよう。
信濃毎日新聞は、
『「7月完了」自治体翻弄 高齢者ワクチン 目標達成を国催促』
と14日の一面トップで書いた。
長野県内では接種を担う医療関係者の確保が難しく、国の方針に振り回される反発も根強いと報じている。総務省の担当者は同紙の取材に、接種が遅れる自治体に直接問い合わせることがあると認めた。
ある市町村の担当課長は「政策の見栄えのために翻弄されているようだ」。
16日の記事(共同通信)では、政権の前倒しを迫るやり方に対し「高齢者不在の数字合わせをしている。喜ぶのは首相だけかもしれない」(ある市の関係者)の言葉もあった。
いかがだろうか。
首相が突然に放った言葉のために、周囲がその言葉にあわせるためにあたふたする。この数年間、異なる案件でも既視感があるではないか。それがいま「見えている」のである。忖度を生むシステムがコロナのせいで可視化されている。私たちはやはりニュースを見たほうがいい。