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《左ひざの皿くだいた》《まじかよ爆笑》

 山本被告の息子がその後に田中被告と連絡をとっていたかは定かではないが、母である山本被告との交流はあったようだ。

「山本被告の息子Bさんはすでに成人しており、飲み歩く山本被告にはついて行くなどしていたようです。瑠美さんを惨殺した『太宰府事件』のことも知っており、法廷では岸被告とBさんのLINEのやり取りが明かされています」(同前)

ホストクラブでの山本被告(左)と岸被告(右)

 その内容は瑠美さんへの暴行を楽しんでいるかのようだった。

Bさん《生きとる?》

岸被告《左ひざの皿くだいた》

Bさん《まじかよ爆笑》

岸被告《うい》

Bさん《写メないの?笑笑》《どうやってやったの?踏んだの?》

岸被告《そだよ》

Bさん《相当痛かろ?歩けんのやない?》

岸被告《ぷにぷにしてる、知らん、たぶん無理かもね》

Bさん《泣き叫んでない?》

岸被告《口にガムテープとタオル巻いて紐で手縛ってたから悶絶してた》《うごーっても言っていた》

Bさん《会った時叩いてたやろ爆笑》

岸被告《やってみ、左ひざだから叩きやすいよ》

Bさん《次は肘にしよう》

岸被告《次は肘やけん》

Bさん《俺、絶対耐えれんわ爆笑》

岸被告《たぶん死ぬよ》《青あざを通りこして血が滲み、汁が出る》

Bさん《ただれてる笑笑》《生き地獄か》

岸被告《これがまさに、生き地獄》

 岸被告とこうしたやりとりをする一方で、Bさんは山本被告の裁判に証人として出廷し「母に罪を償うよう訴えていました」(社会部記者)という。

ホストクラブでの山本被告(左)と岸被告(右)

Bさんは《母が迷惑をかけてすみません》

 山本被告とBさんを知る人物が語る。

「事件の後、昨年10月頃でしょうか、Bくんから《母が迷惑をかけてすみません》とSNSでメッセージが送られてきました。彼なりに気丈に振る舞っていましたが、やはりショックを受けていたのかそれ以降連絡は途絶え、姿を見かけることもなくなりました。とんでもない女ですが、子供にとっては母親なんですよ」

 山本被告の実家の周辺住人はBさんについて「グレかけたけど野球をしっかりやって、立派に生きている」と話していた。

 山本被告の事件と、田中被告の“子殺し”には直接の関係はない。しかし元妻が残虐な事件を起こしたことで、田中被告の中で“殺人”という選択肢が身近になってしまった可能性もあるのではないだろうか。

田中被告らが住んでいた県営住宅 ©文藝春秋

 田中被告と交流のあった高齢男性は「元奥さんと知り合う前のことは聞いたことがないので、山本被告についてはわからないが、気が弱かったから女性に惑わされる人生だったのかな」と話していた。

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