「非実在青少年」の性描写をめぐって

 表現規制問題、という政治的イシューに馴染みのない人もいるかもしれない。かいつまんで言えば法律で漫画・アニメにおける性描写や、「18歳未満『に見える』性描写」を規制していくことの是非を問うもので、オタク界隈では長年、死活的な問題として取り上げられ続けてきた。

 とりわけ大きくクローズアップされたのが、2010年のいわゆる「都条例(東京都青少年健全育成条例)」の改正であった。この条例の中で18歳未満「に見える」非実在青少年=漫画(アニメ・ゲームなどを含む)に登場するキャラクターに性的な描写があれば、都はこれを「不健全指定図書類」(個別包装や陳列棚の隔離、18歳未満への販売禁止が義務付けられる)に指定できる。

 東京都には漫画を扱う出版社が集中していることから、いち地方の条例であっても事実上、日本全国に適用される国会での立法と変わらないとして、漫画業界の自主規制や創作意欲の萎縮が危惧された。

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 結局、「非実在青少年」の文言を削除した微修正と付帯決議の付いた改正案が2010年12月に、都議会自民・公明・民主の賛成多数で可決されて現在に至る。この時の都議会は200名弱の傍聴席が異例の満席。可決に至るや否や、傍聴席から反対派による抗議文の投げ入れがあったなど、荒れた様子は、ニュース報道などで記憶に新しい方も多かろうと思う。

 また都条例と合わせて、国政レベルでは国際標準に則した児童ポルノの単純所持を禁止する「児童ポルノ禁止法」の改正案が2014年に成立した。以降、児童ポルノとみなされるDVDなどを単純所持しただけで逮捕される事例は、都度、巷間ニュースになっている。

 児ポ法の改正案には、「児童ポルノ漫画等の規制」の検討が謳われている。ふつう、児童ポルノと言えば実在する児童を性的に取り上げたわいせつなビデオや画像を思い浮かべるだろう。しかし改正された児ポ法は、実在しない児童、つまり漫画やアニメ、ゲームに登場する架空の青少年に対する性描写までも網羅する可能性を排除していない。児ポ法改正反対派のほとんどは、映像の中で児童ポルノとして扱われる児童らの人権侵害については救済するべきである、というまっとうな主張を行っている。しかし、架空のキャラクターに対するそれは実害がないにもかかわらず、これを規制するのは表現の自由の侵害や漫画やゲーム製作者の創作意欲の減衰や萎縮につながりはしないか。この点が危惧されたのだ。

オタクの聖地・秋葉原では抗議デモも ©iStock.com

 これらは単なるオタクによるエゴなのだろうか? はたまた日本国憲法第21条が謳う表現の自由の侵害へと発展する、由々しき問題なのか。無関心・中立を貫く多くの人々は、前者に近い反応を採った。秋葉原で抗議のデモなどが行われたことから、表現規制反対派=単なるオタクというステレオタイプの感想を持つものも、私の周辺では少なくなかった。

『「表現の自由」の守り方』(星海社新書)の著者で、漫画やアニメへの表現規制反対を訴えて2016年の参院選全国比例で29万票を獲得した前参議院議員の山田太郎氏によれば、「1999年に児童ポルノ禁止法が施行された際、日本の書店最大手である紀伊國屋書店が自主規制を行い、店頭から未成年のヌードや性的描写を含んだ漫画が一斉に撤去された」(P.38~39)として、これを「紀伊國屋事件」と呼称している。

 自主規制として撤去された漫画本には、『あずみ』(小山ゆう著)、『バガボンド』(井上雄彦著)『ベルセルク』(三浦建太郎著)があった。私はこの3作品をすべて通読しているが、どこに自主規制の要素があるのか今以って不明である。

 そもそもこの3作品はそれぞれ青年漫画誌であるビッグコミック、モーニング、ヤングアニマルで連載され、読者層は20代後半から50歳位。ベルセルクに至っては舞台自体が架空の異世界なわけだが、ここに裸の妖精などが出てくる描写が「青少年のヌード」等と邪推されであろうか。