筆者もそうなのだが、『北の国から』で田中邦衛を知った世代にとって、後になって観た『仁義なき戦い』での姿はかなり衝撃的であった。
広島の呉を舞台に、敵味方・親分子分が入り乱れて壮絶な抗争を繰り広げる中で、田中邦衛の演じる槙原はいつも小ズルく立ち回って生き残っていく。時にはウソ泣きまでして重責から逃れようとしたかと思えば、終盤ではちゃっかりと親分の山守(金子信雄)の最側近に収まり、主人公の広能(菅原文太)を罠にかけようとする。
その芝居の振れ幅も凄いし、特に終盤になってからの開き直ったかのような冷たく太々しい表情は「田中邦衛=『北の国から』の五郎=素朴で人情味あふれるお父さん」というイメージを植え付けられていた身からすると、「え、田中邦衛ってこんな怖い演技もできるんだ」と驚かされた。それは、この作品の根底にある「誰一人として信用できない」というテーマ性を体現しているかのようであった。
今回取り上げるシリーズ第三作『仁義なき戦い 代理戦争』でも、その振れ幅の大きい演技を堪能できる。
広島の大組織・村岡組の跡目を、山守が継ぐところから物語は始まる。村岡組の古参幹部たちからすると、急場しのぎの中継ぎとして捉え、山守はあくまで神輿であり自分たちが実権を握るつもりでいた。が、そのつもりは毛頭ない山守は、自ら組を牛耳ろうと画策していく。
そこで台頭するのが、槙原だ。山守は呉から連れてきた唯一の側近である槙原を格上げさせるべく、山口の抗争事件の指揮を執らせ、他の幹部たちをその指揮下に置いた。
ここでの田中邦衛が素晴らしい。最初はいい気になって並居る幹部たちを仕切りまくるのだが、彼らが思うように動かず自らが矢面に立たされると途端に尻込み。最後は退散してしまう。この落差、あまりに見事である。
田中邦衛は後半も、落差ある芝居で笑わせてくる。山守の襲名に反対する勢力は神戸の大組織と組み、その威光で山守を排除しようとする。すると、槙原は裏で山守を見限り、神戸に泣きを入れていたのだ。山守や幹部たちの前では「『うちの親分は日本一の親分じゃ』言うて(神戸で)啖呵切ってきちょるんぞ!」とビシッと凄んでおいて、実のところを広能に暴露されると慌てふためき、山守の足裏に水虫の薬を塗り始めるのだ。
むき出しになった足裏に顔を近づけて懸命に薬を塗る姿の、いじましさたるや――。
それぞれの登場人物が滑稽なまでに人間の根底にあるしょうもなさを曝け出す本作を象徴する、名演技であった。