「母」と呼ばれたら、女は逆らえない?
ところで、いつだったか片岡孝夫さん(現・十五代目片岡仁左衛門さん)と坂東玉三郎さんが主演した舞台「玄宗と楊貴妃」を観たことがあります。唐の第六代皇帝・玄宗と楊貴妃の悲恋を描いた「長恨歌」を元にした舞台です。
後に謀反を起こす軍人・安禄山は、玄宗の信頼を得るために彼の愛妃・楊貴妃の養子にしてほしいと訴えます。これが認められると安禄山は楊貴妃を「お母様ぁ」と呼び、赤子のように甘えてみせるのです。楊貴妃も「はぁい」と幼子を慈しむように答え、“パパ”たる玄宗もろとも“バブ可愛い安禄山”にめろめろになってしまいます。
「いかつい男が武装を解いて自分を慕ってくるさまは、とんでもなく甘美であるらしい。憎からず思う男に『母』と呼ばれてしまったら、女は逆らえないのかも……」
母性を湛えた美しい笑みを浮かべる玉三郎さんを見ながら、そんなふうに思ったことを覚えています。
こんなことを思い出したのは、楊貴妃が味わったであろう“母としての恍惚”を、まさに私も味わっているからです。それをもたらしてくれた“息子”は、もちろん渋谷すばるさんです。
渋谷さんとファンの間にはこうした揺るぎない信頼のベースがあり、だからこそあの簡素な結婚報告が活きるのです。昨日まで「ファンが恋人!」と言っていた人が、「僕は結婚するので、今日からファンのみんなはおかんでお願いします!」と言っても、ファンはそれを受け入れられません。
しかし長く親子として築いてきた信頼関係があるからこそ、心の余裕だって全然違うのです。
なにより、息子が「人生は楽しい。」と感じ、今生きている道を楽しいと感じ、その気持ちをまっすぐ親に伝えてくれている。
これに勝る“親孝行”がありましょうか。そこにはどんな野暮も意地悪も入る余地はなく、あるのは「よかったね」という喜びだけ。
楽しい人生を歩みながら、渋谷さんは次にどんな音楽を紡いでくれるのか?
野生の獣のようにやんちゃで伸びやかで、喉奥で潤いを転がしほとばしらせるような熱い声。強く誇らかでニンゲン味に満ちた歌声で、今度は何を?
それを楽しみにするのは、そりゃもう親冥利につきるというものです。
この先、もしかしたら「家族が増えました」という報告があるかもしれません。何があっても、息子・渋谷さんが「楽しい」と言い切れる人生を生き、それを見守ることができる関係を築いてくれたことを感謝してやみません。
こんな息子に恵まれるとは、人生は楽しいです。本当に。