昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/05/28
藤原雅著『保身 積水ハウス、クーデターの深層

 和田は当時、代表取締役の会長兼CEOであり、取締役会の議長と招集権を握っていた。さらに人事・報酬諮問委員会でも議長を務めており、制度的にも絶対的な権限を握っていたのだ。しかし、和田はこうした権限を乱用した様子はない。

 一方で、着々と取締役に息のかかった人物を取り込んできた阿部の票読みは、戦略的なものだった。この力学は、人事権の所在からもうかがうことができる。和田は私に、取締役は「阿部との話し合いで決めていた」と語ったが、実質的には阿部が握っていたとみることができる。先述した通り、2016年の人事で取締役に仲井(現社長)と堀内容介を加えたが、この時、和田が提案した藤原は、阿部の反対で見送られている。少なくとも、出世に目ざとい取締役から見れば、人事権を握っているのは阿部であり、自分をさらに引き上げてくれるのは和田ではなかった。

和田、会長解任の憂き目

 2018年1月24日の取締役会の構成を掲げておこう。

 和田に与したのは、伊久哲夫(副社長)、勝呂文康(専務)、三枝輝行(社外)、涌井史郎(社外)の4人である。一方、阿部には稲垣士郎(副社長)が参謀に就き、内田隆(専務)、西田勲平(常務)、堀内容介(常務)、仲井嘉浩(常務)の5人が与した。結果、和田が提出した阿部の社長解職動議は否決され、返す刀で提出された会長解職動議の前に、事実上、解任の憂き目を見たのである。

 和田は、まさか自分が解任されようとは考えていなかった。かたや、自分が解任されるのは秒読み段階に入っている阿部には人生がかかっていた。さらに、カリスマの和田が会長職のポストを維持するか否かで、阿部と稲垣のその後の人生は大きく変わる。2人のモチベーションは相当に高かっただろう。

 裏でこのような謀議が行われているのを知ってか知らずか、和田は表立って、『阿部解任』を役員たちに求めている。例えば、堀内にはストレートにこう伝えたという。

「阿部はあかん。でもあいつ、辞めん言うとるから、取締役会で解任せなならん。お前賛成してくれるやろ」

 ところが堀内は、こう話したという。

「会長、すみません。私は阿部さんを解任するのに賛成することはできません。阿部さんは私の命の恩人ですので」

 堀内は、阿部が東京営業本部長時代に引き上げられた腹心である。当時、阿部は部下たちに人間ドックに行くように熱心に進め、そのおかげで堀内はがんを早期発見することができたそうだ。以来、阿部を「命の恩人」と呼んでいるという。