都内一等地の土地所有者を騙る女性らと売買契約を結び、結果的に55億5900万円の損害を計上することとなった積水ハウス地面師事件。事件後は調査対策委員会が立ち上がり、取締役会で経営幹部を中心に進退が問われることとなった。

 しかし、明らかな過失のあった当時の社長・阿部氏は一切の責任を負うことなく無罪放免となったのだ。一体、背後でどのような思惑が働いていたのだろうか。ここではライターの藤岡雅氏が事件の本質に迫った著書『保身 積水ハウス、クーデターの深層』の一部を抜粋。当時の経営幹部たちのやり取りを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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ただならぬ雰囲気

 地面師事件が起きた後、協力企業との会合や、販促のイベントや顧客の住宅オーナーたちとの会合など、全国のどこに行っても地面師事件は話題にあがっていたという。取引先が関心を示すのだ。前代未聞のことで、マスコミでも盛んに報道されたので無理はなかったが、常務執行役員で神奈川営業本部長を務めていた藤原元彦も、何度も顧客に地面師事件について尋ねられたという。その都度、「御心配をおかけして申しわけありません。調査をしているので、その結果を待ちたいと思います」と説明していた。だが、身内同士での会話では、ついつい本音が出てしまった。これが阿部の耳に入ったことで、藤原は本社に呼び出されてしまう。この時、藤原は阿部にただならぬ雰囲気を感じたという。

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「私が同僚と飲んだ時に、ついつい口走ってしまったのが悪かったのですが、これが阿部さんの逆鱗に触れてしまった。そもそも私は、取引に不動産部長として関わった黒田章さんから話を聞いていたので、地面師事件は何かがおかしいと思っていました。調査対策委員会も立ち上がっていたし、和田(編集部注:当時の積水ハウス会長)さんもはっきりと『大問題だ』と話をしていた。だから阿部さんは立場が危うくなったと感じていたのです」

「具体的にどんなことを言ったのですか」

「地面師事件の責任を、阿部さんは取らされるのだろうか、この先、彼はどうなるんだろうか、という話題が出たので、『危ないでしょう』『和田さんがカンカンに怒っている』ということを言ったのです。するとこれが阿部さんの耳に入ってしまい、呼び出されてしまった」