「『阿部は終わりだ』と言いまわってるらしいじゃねえか」
藤原は、梅田スカイビルの本社で、ある日の夕刻、阿部と対峙した。夕日を背にした阿部は、怒りを露わにして迫ってきた。
「お前、俺のこと心配してくれてるらしいな」
「何のことですか」
「『阿部は終わりだ』と言いまわってるらしいじゃねえか」
「いや、それは……」
「お前、余計なお世話だから。和田さんにそんな力があると思っているのか。人事は和田さん1人で決められるのか」
「いや、取締役会の合議が必要だと思いますので、会長の一存では決まらないと思います」
「そうだよな。だったらお前は、何を知ってるんだよ。何を言ってるんだよ。ほっといてくれよ」
すごい剣幕だった。阿部はこの時、すでにクーデターを決意していたとみられる。
阿部の決断
その後、監査役の篠原からも社長退任を直に求められているが、阿部はこう言い放ったという。
「死んでも辞めません」
稲垣(編集部注:当時の積水ハウス副社長)を取り込んだ阿部と、失った和田。多数派工作を図るうえで、この差はあまりにも大きかった。
しかし、阿部と稲垣には、稟議書(編集部注:地面師との取引の際に使用された)に承認あるいは賛成した責任がある。この状況で2人がクーデターを起こして和田を排除する大義とは何だろう。彼らはそれをまともに説明したことがない。
確かに、和田はCEOとして絶対的な権限と影響力を持っていた。また、すでに当時76歳の高齢で、後継者の育成や世代交代のことを考えれば、弊害の一つと言えた。さらに、海外事業で「専横」と言われるほどに投資を拡大し、回収できなくなった投資も確かにあったという。だが結果として、実績を残している。地面師事件で調査対策委員会に責任を問われる立場の2人が、クーデターを起こすにはあまりに大義に乏しい。
ところが、和田は阿部が露骨に敵愾心を露わにしている中でも、クーデターを察知できなかった。藤原は、阿部に呼び出され、その怒りを目の当たりにしたときにこう思ったという。
「阿部さんは何か、仕掛けてくるのではないか」
藤原は、和田に恩義を感じている営業部門のエースであるから、この時、和田と共通の知人に電話をかけて「不穏な動きがある」と警告した。だが彼の真意は、うまく伝わらなかった。和田は、数々の進言にもかかわらず、阿部が反旗を翻すことに事前に気を配った様子はない。
「和田さんは、クーデターを察知しなかったのですか」
「だってこんなアホなことが起こるなんて、考えんもの」
和田はこの時、社内政治にまったく通じていなかった。腹心たちからの数々の警告を見落とした和田は、自分の社内における求心力の低下に全く気が付いていなかった。