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親方自らビール瓶で殴打…「お前らもやっていいから」時津風部屋リンチ死事件で「大相撲の『膿』は消えなかった」

2021/06/03

 2007年6月26日に起きた時津風部屋リンチ死事件。名古屋場所の宿舎において、入門したばかりの新弟子、時太山(本名・斉藤俊さん、17)が急死をとげた。師匠の時津風親方(元小結双津竜、本名・山本順一)は一貫して「稽古中に起きた不慮の事故」と釈明。ところが、翌月、ノンフィクション作家の武田賴政氏が「時太山はリンチで殺された」とスクープするや、一気に風向きが変わった。(「文藝春秋」2021年6月号より)

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風向きを変えたスクープ

 一本の告発メールが私のガラケーに届いたのは“事故”から一週間ほど経った七月場所(名古屋)最中のことだった。文面を目にしたときの衝撃は、14年経った今でも鮮明に記憶している。

 メールの主は、時津風一門の相撲部屋に所属するAという若手力士。他部屋であっても同門であれば付き合いは深い。当時も角界ではパソコンよりも携帯電話でのやりとりが一般的で、兄弟子、師匠の愚痴はもちろん、耳寄りな情報や機密事項が力士間を瞬時に駆け巡っていた。

 私はAとメールを幾度となくやり取りした上で、事実関係を確認。千秋楽の翌日、7月23日発売の「週刊現代」で事件の真相を報じた。

元時津風親方

 その後、刑事事件化への機運がようやく高まったのは、愛知県警の捜査が具体的に始まった9月下旬のこと。朝日新聞をはじめとする他メディアも一斉に追随した。

 斉藤俊さんの死が、社会を揺るがす大問題に発展したのは、ひとえに息子の凄惨な遺体に接した、両親のやり場のない憤怒に尽きる。

相撲経験はなく入門意思も希薄

 被害者となった俊さんは、新潟市内で食堂を営む斉藤正人さんと利枝さん夫妻の長男として、1989年10月に生まれた。事件当時17歳、高校を中退したばかりだった。

 中学から柔道を始めた俊さんは、卒業文集に〈ボクサーになりたい〉と書くほどの格闘技好き。身長182センチ、体重112キロと恵まれた体躯だったが、実は相撲経験はなく入門意思も希薄で、素行にも問題があった。