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2021/05/31

source : 文春文庫

genre : ニュース, 社会, 政治, 経済, 読書

水谷建設と野中広務の関係

 実はその加藤は、かつて森岡の同僚だった。三重県選出の元自治大臣、山本幸雄の秘書仲間である。森岡が北川の秘書になったのと同じように、加藤は山本事務所から野中事務所へ移籍した。

「山本先生と野中先生の議員会館事務所が、たまたま隣同士でした。それで、山本さんが引退したとき、野中さんが引き取ったんだと思います」

 そう話すのは水谷建設の元役員だ。水谷功はこの加藤とも親しい。共同通信の記事にある資金提供した中堅ゼネコンとは、水谷建設のことである。

「水谷会長は加藤さんを通じ、野中事務所にも出入りするようになりました。おかげで、会長は野中先生本人とも親しくなった。政治家とのパイプや窓口について、会長はたいてい秘書との付き合いにとどめておく。そのほうがいざというときに都合がいいからですが、亀井さんと野中さんだけは、当人同士の付き合いがあるはずです。それほど親しかった」(同前)

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 野中にとって、秘書の件は、引退せざるを得ないほどのインパクトがあったのだろう。タイトルにあるように、記事そのものでは、ニチメン詐欺事件の刑事被告人から資金提供されたことがクローズアップされている。が、実のところ加藤の後ろ盾になってきたのは、むしろ水谷建設のほうだ。しかも、共同通信が準備していたスクープはこれだけではなかった。ある共同通信記者が打ち明ける。

準備されていた野中追及第二弾

「共同では、社会部が中心になって野中の追及態勢をとってきました。実は第二弾の記事も用意していた。野中は共同の野中追及第二弾を察知していたと思います。かなり焦っていました。すでにこの年(03年)の8月中には、ほぼ取材も終えていたのです」

 次の記事は、駐車場の設計会社と野中事務所との不可解な関係を追及するものだったという。結局、第二弾は沙汰やみとなり、新聞報道されることはなかったが、その事実はあった。くだんの駐車場建設業者は「トーヨーアルテ」という。水谷建設の下請け業者が社長となり、設立された。91年4月のことだ。当の「トーヨーアルテ」の元役員が取材に答えてくれた。