一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。
彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/後編を読む)
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元に戻った建設談合の再摘発
「私は30年近く、業界の仕切り役を務めてきました。国会議員はもちろん、市議会議員などの先生方のところへも、幾度となく足を運んだ。たいてい手ぶらというわけにはいきません。4年前には、『天の声』(編集部注:公共工事における入札の際、国交省や地方自治体の関係者を一声で黙らせ、水面下で受注業者を決める絶対的指示を意味する業界の隠語)を下してもらうため、和歌山県知事の関係者へ現金を渡した。それが事件となり、検察の取調べを受けました。そんな経験から西松建設事件の公判を見直すと、隔靴掻痒というか、とても違和感を覚えてきました」
東急建設顧問だった「関西建築談合のドン」の一人、石田充治は、みずからかかわった事件を振り返りながらこう語った。天の声を出してもらった4年前の出来事とは、2006年に摘発された和歌山県知事の汚職事件を指す。
元自民党副総裁の金丸信逮捕から派生した93年のゼネコン汚職から、すでに13年が経過していた。宮城県知事、茨城県知事、仙台市長といった地方の首長から、建設大臣経験者にいたるまで逮捕されたゼネコン汚職により、談合自粛ムードが高まったはずの建設業界は、西松建設常務の平島栄による告発騒動を経て、いつしかもとに戻っていた。そうして再び捜査当局が、建設談合のいっせい摘発に乗り出す。全国の検察や警察の捜査を牽引した。それが、東京と大阪の両地方検察庁特別捜査部(特捜部)だった。
関係者を震え上がらせた東西地検特捜部による捜査
この年の10月23日、まずは東京地検が福島県の前知事佐藤栄佐久を逮捕した。その東京と競うように翌11月15日、大阪地検特捜部が和歌山県知事の木村良樹を検挙する。容疑は競争入札妨害(談合罪)や収賄だ。ゼネコン汚職以来の談合摘発の嵐が、再び日本全国に吹き荒れたといえる。12月8日には、宮崎県知事だった安藤忠恕が県警に逮捕された。東西の両地検特捜部による談合捜査が、ゼネコン関係者や地方の首長、建設・運輸族議員たちを震えあがらせたのは、言うまでもない。
そしてこれら一連の談合摘発は、さらに3年後、政治とカネの問題としてもう一度火を噴く。こうしてみると、93年のゼネコン汚職も、06年の談合摘発も、いわば09年に発覚した政治資金問題に連なっている伏線のように感じる。焦点の水谷建設から小沢一郎事務所へわたった裏献金疑惑もまた、福島県知事汚職の摘発がなければ浮上しなかったに違いない。