いまや是枝裕和や河瀨直美など、国内外からラブコールを送られるフランスの国際派女優、ジュリエット・ビノシュ。映画のみならず、舞台やダンス公演もおこなう彼女の密かな望みは、ミュージカルに出ることだったという。新作『5月の花嫁学校』は、そんな彼女の夢を少しだけ叶えることに成功した、歌ありダンスありの快活なコメディだ。
「わたしはつねに新しいことにチャレンジしていないと気がすまない質(たち)なの。もちろん恐れはあるわ。でもだからこそ前に進める」
『セラフィーヌの庭』『ルージュの手紙』で、日の当たらない女性たちの生き方を見つめたマルタン・プロヴォ監督が手掛けた新作は、60年代後半、田舎の家政学校を舞台に、良妻の手本として生きてきた校長の妻が、夫の死をきっかけにフェミニズムに目覚める過程を描く。プロヴォ監督はヒロインのポーレットを、ビノシュを念頭に当て書きした。
「脚本を読んでとても興奮したわ。当時こうした花嫁修業学校が存在したということは、いまでは忘れられているかもしれない。でも女性たちがかつてどんな境遇にあって、そこからどう変化してきたかを描くことは、とても大切なことだと思った。妻が夫の許可なしに、自分の名前で銀行口座を開けるようになったのは、1965年のことよ。わずか半世紀前に過ぎない」
夫が遺した学校が破産寸前にあると知り、銀行に相談に行ったポーレットが、自身の名前で口座を開くことを勧められ、目から鱗が落ちる。折しもパリでは学生たちによる五月危機の暴動が起こり、ある女生徒は恋人と駆け落ちをしてパリに行くと言い出してポーレットを動揺させる。
フェミニズムにも大きな影響を与えた五月危機が起こった1968年、ビノシュはまだ4歳だが、当時のことを女優で活動家でもあった母親から聞かされていたという。
「母はよく集会に連れて行ってくれた。覚えているのは11歳のとき、父からもらった録音機とマイクを持って参加し、女性の権利について喋ったこと(笑)。そのときはまだ、女優になりたいと思っていたわけではないけれど、母親の生き方から教わったことは少なくないと思う」
一方、彼女が4歳のときに母と離婚した、演出家でアーティストの父の存在もビノシュにとっては大きいようだ。そもそもジュリエットという名前は、父親がファンだった歌手ジュリエット・グレコから付けたという。
「だから歌うことにも興味があるのかもしれない。この映画のクライマックスでは、学校の教師と生徒たちが一丸となって草原で歌って踊るシーンがあるけれど、撮影はとてもエキサイティングだった。じつは映画の撮影中に父が亡くなり、精神的にはかなり辛かったの。でも同時に、何か光が感じられるようなときがあった。その意味でもこの映画の経験は忘れられない」
鮮やかに変貌を遂げる女性をチャーミングに演じた姿に、天国の父親もきっと微笑んでいるに違いない。
Juliette Binoche/1964年、パリ生まれ。『イングリッシュ・ペイシェント』でアカデミー賞助演女優賞受賞。代表作に『ポンヌフの恋人』『トリコロール/青の愛』『真実』。世界三大映画祭の女優賞を制覇している。
INFORMATION
映画『5月の花嫁学校』
https://5gatsu-hanayome.com/