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 弘大や新村などの学生街の路上では、バンド演奏やラップ、ストリートピアノだけではなく、K-POPのカバーダンスもたくさん見られるようになったが、興味深いのはその集客力で、たとえ一般人のカバーダンスでも多くの見物客が集まり、弘大入口駅の9番出口近くでは毎晩観客が道いっぱいに広がり、歩行が困難なほどだ。いまやカバーダンスの聖地となった弘大がある麻浦区では、2016年に「ストリートアート活性化及び支援に関する条例」を制定し、路上アーティストへの支援を強化していて、2017年には31億ウォン(約2億6千万円)の予算をかけて520mにわたる弘大のストリートを整備し文化芸術通りとした。

ジャニーズでも導入、カバーダンス投稿を促すプラクティス動画

 これほど多くの人がK-POPのダンスをカバーするのには、「ダンスプラクティス」の存在も外せないだろう。ダンスプラクティスとは、アイドルが事務所のダンススタジオで練習している様子を定点カメラで撮影した映像のことで、K-POPでは今から10年前にはすでに一般的に公開されていた。顔のズームアップやシーン展開なしにパフォーマンスの全貌をじっくり見られるため、繰り返し動きを確認できることはもちろん、フォーメーション移動や舞台袖にはけるタイミングまでも把握でき、ファンもダンスをカバーするのが容易になった。

©iStock.com

 練習風景を流すだけでファンに喜んでもらえるし、身体を通じてもっと好きになってもらえるので事務所も積極的に公開してきたプラクティス動画だが、最近では再生回数に見られる動画の影響力から練習風景の域を脱し始め、照明や背景映像やカメラワークなど、どんどん工夫が凝らされるようになっている。なかには「mirrored」と呼ばれる、もとのダンス映像を反転させ、見たまま踊ればダンスをコピーできる動画や、メンバーが自分の名前のゼッケンを付けてフォーメーションの動線をわかりやすくしたものが公式に公開されている。

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 2018年にYouTubeチャンネルを開設したジャニーズ事務所にもK-POPのプラクティス動画の手法が輸入され、Snow ManやSixTONESのダンス練習動画が公開されているが、日本ではまだ主流ではない。2019年12月には嵐が「Turning Up」という楽曲で振付動画を初めてアップし、MVだけでは確認できなかったダンスの細かい動きもすべて把握できるようになった。公式からのプラクティス動画の投稿は「カバーしてもらいたい」という隠れたメッセージでもあり、これをきっかけに同曲のカバーダンス動画がSNS上で散見され始め、「ついに嵐のカバーダンス動画をアップできる」というYouTube上のコメントからも、ダンスプラクティスの需要を感じた。

「How you like that」の動画が7億回再生されたことを紹介するBLACKPINK公式アカウントのInstagram投稿

 MVでも再生回数の1億回突破は難しいのに、大ヒットしたBLACKPINKの曲「Kill This Love」は、プラクティス動画で3億回再生(2021年1月現在)を記録している。カバーダンスの中には一般人だけではなく有名な振付師、さらには別のK-POPアイドルが踊っているものまであるし、新人アイドルが有名グループの楽曲のカバーダンスをしてプロモーションしている例も少なくない。ライバル事務所の楽曲をフルでカバーするなんてことは日本だとなかなか考えにくいが、権利よりも宣伝に重きを置いた韓国音楽業界の寛大な戦略性がファンをさらに獲得している。