1ページ目から読む
2/3ページ目

「《専業主婦の役》は興味がないんです」

――その時は、事務所の方が相手役? それともおひとりで?

「事務所の者には相手役を全部読んでもらって、自分にセリフが入っているかどうかだけではなく、相手の言葉に応えられているかどうかも確認します。相手のセリフまで大体自分に入れなきゃいけないんですよ。そのための作業でもありますね」

――セリフは会話ですから、相手が投げかけてくるセリフも大事になってくるわけですね。

ADVERTISEMENT

「ええ。相手のセリフに対する反応ですから」

――自分のセリフをただ覚えればいいというわけではない、と。

「自分のセリフを覚えて、一応相手がいるつもりで練習はして、自分の中には入れていきますけれど、やっぱり最終確認は相手の分を読んでもらうことによって、自分の中で再確認できます」

――本の中でうかがったエピソードもそうなのですが、役作りに関する一つ一つの段階を岩下さんは本当に丁寧に作られていると感じられます。

「不器用なんでしょうね。しゃしゃっと読んで、しゃしゃっとできる人は羨ましいですよ。それで凄い芝居をしたり」

『美しく、狂おしく 岩下志麻の女優道』(著:春日太一)

――たしかに舞台でも映画でも、出番まで普通に周囲と雑談していて、そこからバッと本番のテンションで人前に出られる俳優さんもいます。

「それでアドリブがいっぱい出てくる方とか。もう本当に私はそういうことが不器用だから、羨ましいなと思います」

――そうした役作りの作業は、楽しいプロセスだったりするんでしょうか?

「そうですね。何より最初に台本を読むときはワクワクしますよね。どういう本なんだろう、自分はこの役をどういう風にやろうかって。ノっている本だと、特にそう思います」

――ノっていない時は、どのような感じになるのでしょう。

「最近けっこう良い役でも、踏み切れずにお断りしてしまっているんです。現場に行っても、落ち込んで帰ってくるんじゃないかなっていうね。なんかそんな感じがするんですよね。それだったらその役を演じたい方にやっていただいた方がいいなと思って」

――台本を読みながら、この仕事を受けるか受けないかっていうのは決められていくわけですか?

「ええ。特に最近は全体を読んだ段階で、自分の役をもう一度ピックアップしながら読んで、その役を演じることにワクワク感が湧いてこないとできないですね」

――そうなると、本番に臨むまでの間に確信をもって役を構築する糸口というか材料も浮びにくいですからね。

「やっぱり、読んで自然とイメージが浮かんでこないと。この時はこういう状況だからこういう衣装で、こういう髪型で――っていうのが浮かんできた役はとにかくやらせていただきたいけれど、そうじゃなかったら難しいです」

『あかね雲』(1967年)  岩下にとって何を着るかというのは役作りにおいて重要だった。 台本にも細かく衣装を書きこんでいる。

――近年は、なかなかそうした作品と出会えない感じなのでしょうか。

「今の若い監督さんって、私に《専業主婦の役》を望んでいるみたいね。ただ、私が《専業主婦の役》は興味がないんです。私の中でそれでは挑戦にならないのね」

――たしかに、今の日本の監督さんは日常的な劇をやりたがる人が多い気がします。

「喋り方もナチュラルで」

――非日常の世界、変わった世界をやろうという企画はなかなか出てきません。

「なかなかないですね。予算の関係ももちろんあるんでしょうけれど――」