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 初耳であった。春原氏は当然どちらのゾーンの黒人とも遊んでいる。彼女たちから寝物語のなかで聞いたのだそうだ。

「でもねえ、日本人は黒人を敬遠するかもしれないけど、優しい子が多いんだよ。みんな苦労して、こんな遠いアジアの国まで来て働いているしね」

 なんてしみじみ言う。

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ごちゃごちゃな「フードランド」の食堂へ

 そんな黒人たちをやり過ごし、ソイ5にあるスーパーマーケット「フードランド」に向かった。ここにはカウンター形式の食堂があり、カオパット(タイ風チャーハン)が絶品なのだ。ほかにもゲーン(カレー)やガパオなどタイ料理全般いけたし、オックステールスープなんて小ジャレた洋食も出している。さらに24時間営業しているので、眠らない街スクンビットで働くタイ人、観光客のファラン(編集部注:タイで欧米人を指す言葉)や中国人、僕たちのような在タイ日本人やアラブ系やインド系、立ちんぼの黒人も混じって実に国際的な食堂であった。僕はこのごちゃごちゃな雰囲気が好きで、よく飲みのシメに来ていたし、連載「バンコク・ミッドナイト・グルメ」でも紹介した。

タイで夜の蝶に絡め取られてしまう日本人駐在員は後を絶たない ©室橋裕和

 店の止まり木に座って、ふたりしてカオパットにカイダーオ(卵焼き)を乗っけて黙々と食べた。目の前ではいかにも腕っ節母ちゃんという感じのタイ人が、でかいフライパンを振るって米を炒めている。

「注文入ったよ! いつものレックさん、カオパット20個持ち帰りだって」

「カウンター3番、スキーナーム(タイスキ)!」

 そんな声が飛び交う、深夜。

「子どもが大学出るまでは、離婚しないっていう約束なんだけどね」

 春原さんはぽつぽつと話し出した。こういうことも娘経由でやりとりしているのだろうか。

タイのLGBT事情

 心労を重ねているだろうその娘が、トムとして成長したことも春原さんは悩んでいるようだった。トムとは男性になりたい願望のある女性のことで、短髪にするなど男装をする人もいる。恋愛対象はトム好きの女性だ。多様な性があり、認められているタイだが、では差別がないかと言えばそんなことはないのだ。LGBTの人たちは、子どもの頃にいじめの対象になることだって珍しくはない。日本ほどではなくても、奇異の目で見られたりもする。そういう環境で揉まれてきたから、彼ら彼女らは繊細で、逆に人に対して気配りができるようになるともいわれる。自らを認めてもらおうと仕事にも熱心で、どの会社にもたいてい扇の要となるような存在のLGBT社員がいる、なんて話もある。弊社にも、誰もそうとは言わなかったが、たぶんレズビアンだろうな、ゲイだろうな、という人がいた。どちらも実に仕事ができた。

春原承「へこたれない女たち」(第59号より)。娼婦たちの境遇、人生を淡々と描きながらも、彼女たちへの愛情があった

 そんなことはもちろん十分に知っている春原さんだが、LGBTであることで苦労はしないかと心配しているようなのだった。親の不仲が心の成長になにか影響を与えたのではという思いも抱えているのはよくわかった。