だが、彼は言うのだった。
「それはできない。わたしにはその権限はない。あくまで君が、君の意志で断りなさい。『できません』と言うんだ」
額のあたりから血が遠のいていく。
それって、お前が赴任してもしもトラブルを起こしたら、我々の名誉に関わる。だから絶対に行くな。ただし泥はぜんぶ、お前独りでかぶれ ────そういうこと?
そのあと、先輩となにを話したのかは覚えていない。わたしの任地決定を共に喜んでくれると思っていた、尊敬し信頼していた人。その人から突きつけられた、いや、突き放された言葉は、あまりにも冷たかった。まったく予想もしていなかった言葉が、わたしの深いところに突き刺さった。
────しょせんキチガイには、まともな仕事は無理なのか?
どうせおれはキチガイ。面倒くさいわ、なにもかも。ここから挽回とか、駆け引きとか。そんな気の遠くなるようなことできるかよ。せっかく入院して、閉鎖病棟で苦しみながら自己を徹底的に見つめたのに、娑婆に出たらこれか。再起のチャンスなしか? あんまりやんけ。
「赴任しなさい」と言ってくれた主治医
だがわたしは主治医との対話を想いだした。キレてはいけない。こういうときこそ、静かに考えるのだ。わたしは考えに考えた。その際、入院していたときに得た知恵が役に立った。独りで抱え込むことは絶対しないという知恵である。入院したときの主治医とは退院後、そして転居のあとも、我が恩師としてプライベートに連絡をとり続けていた。わたしは彼に電話をしてみた。あれほどわたしの言動をことごとく批判し、わたしの内的な変化を促そうと医師としてのすべての力を注いだ彼は、かつての主治医としてわたしにこう言った。
「とんでもない! その教会に赴任しなさい。なにを言ってるんだその人は。無視しなさい」