信頼する先輩も、仕事復帰は無理と決めつけた
ある日、珍しく彼が医師らしい問いかけを、わたしにしてきた。
「あなたはこれから、どうなさりたいですか?」
わたしはやや間をおいて、答えた。
「もういちど、牧師がしたいです。ゼロから再出発してみたい」
すると医師は、きょとんとしてわたしの顔を覗き込み、こう言ったのだ。
「精神障害のあるあなたが責任のある仕事ができると、本気でお考えですか?」
わたしはキレなかった。そうか、ほんとうに傷つくことを言われたときは、キレるのではなく黙り込んでしまうのか ──── その診療所には二度と足を運ぶことはなかった。
その後もいろいろあったのだが、長くなるので省略する。やがてわたしは、現在働いている教会を紹介されることになった。牧師が赴任するための一連の手続きもほぼ終わり、あとは引っ越すだけという段階となった。わたしは信頼していたあるベテラン牧師と連絡をとり、任地が決まったことを報告しに行った。苦労したが、ようやく落ち着き先も決まったのだ。彼なら精神医療や心理学にも詳しいし、わたしの味わった苦労についても、他の牧師よりずっと理解してくれるはずだ。
わたしは電車のなかで先輩になにを話そうか、先輩はどんな顔をするだろうかと喜々としていた。先輩の教会を訪ねると、彼は優しい笑顔で迎えてくれた。「いい店があるから、そこで話そう」。彼は趣味のよい喫茶店にわたしを誘った。
わたしは前任地での心身を病むまでの苦労や、その後の治療の経過、そして今回の赴任地決定のプロセスなどを先輩に話した。彼は丁寧に耳を傾けながら、わたしの話を整理するフローチャートのようなメモを素早くとっていた。話すべきことは話したのち、沈黙が訪れた。わたしがコーヒーをすすっていると、先輩がおもむろに口を開いた。
「今回の招聘は、断ったほうがいい」
わたしは耳を疑った。
「いや、もう決まっちゃってるんですけど?」
「でも断ったほうがいい。君には重度の精神障害があるんだよ。それで教会を治めるという、責任ある仕事ができると思うか?」
「そんな今さら! 断ったら大変なことになっちゃいますよ。ドタキャンじゃないですか。そんな不義理なことしたら、ほんとうにもう二度と、どこもわたしを招聘してくれなくなっちゃいますよ。だったら、先輩から先方にそう言ってくれませんか?『精神障害のあるこの人をお薦めすることはできません』って」