こんどは浮ついた喜びではなかった。静かな、深い想いが込み上げてくるのを感じる。そうだ、あれだけ自分は向きあったのだ。自己の醜悪な部分、そして弱さと。まだまだ成熟していない部分もあるだろうが、まずは受容もしたし、克服もしたのだ。ありのままの自己を受け容れたのでもあるし、ありのままの自己ではいけないと、頑張って矯正もしたのだ。わたしの診断された精神障害は、たしかに生涯つきまとうものである。けれども、それでも牧師はできる。きっとできる。やってみよう。
「その教会に赴任しなさい」という言葉の真意
主治医は三か月の閉鎖および開放病棟での入院ごときで、わたしの抱える問題のすべてが解決したとは思っていない。彼は、わたしが退院後にかかった精神科医や面会した牧師が「あなたのような精神障害者に責任者が務まると思うのか」と告げる程度には、わたしの障害が重いものであると分かっていた。ハッピーエンドはない。そうではなく、主治医が言いたかったのは、入院中に続けていた自己との対話を退院後も続けていけばよい、そうすれば牧師の仕事はじゅうぶんに務まる、そういうことだ。彼はそう判断したからこそ、わたしに「その教会に赴任しなさい」と言ったのである。たしかに彼はもうわたしの主治医ではなかったが、主治医としての責任を伴う言葉で、そう宣言したのである。
人から嫌われるのが怖いとか、だから誰にも嫌われないようにしようとか、そんなことはもう気にすまい。イエスだって人々に尽くしたが、あんなに嫌われたではないか。誰にも迷惑をかけず、すべての人から好かれるなんてありえないのだ。迷惑をかけてかけて、さんざん助けてもらって、それでもどうしようもなくなったら、また無職になって郷里へ戻ろう。その後のことはそれから考えよう。とにかく今は、やってみよう。
そしてわたしは、妻と引っ越しの荷物をまとめ始めたのだった。身近な人たちに応援され送り出されて、今の地に住み始めた。その後も多くの人々と出会いながら、助けられ支えられ働き続けて、この初夏で5年になる。
【前編を読む】「あなたを正確に診察することができません」牧師の私が精神科病院で伝えられた“思いもよらない発言”の真意とは