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患者と向き合うことに疲れ切った精神科医

 わたしは仮住まいの家から二時間近くかけて、電車を乗り継いで精神科の診療所に通った。もっと近くにいくらでも精神科はあったが、知人の勧める診療所でもあり、信頼していた。だが初めて行ったとき、わたしは診療所の暗さに驚いた。待合室が暗いというだけではなく、当の医師自身が疲れ切って暗かった。彼の「疲れていた」というのは、肉体的な疲労だけを意味しない。この医師は患者と向きあうこと自体に疲れ切っていた。わたしとの対話を決して諦めなかったかつての主治医とは対照的に、この医師は患者に対して絶望していた。彼は患者が回復することへの、いかなる期待も持っていない。そのことが、彼の投げやりで事務的な態度から分かった。

 わたしの初診の折、医師はわたしへの聴き取りを、臨床心理士になる(あるいはなりたての)実習生二人にすべて任せた。彼女たちの「なるほどぉ、そうなんですねぇー」という相槌に頼りなさを覚えながら────実習生なんだから当たり前であり、仕方がないのだが────わたしはとりあえず経緯を話したものである。

 別室で実習生にひとしきり話したあと、わたしは診察室に入った。医師はいきなりわたしの前で、レキソタンをコーヒーでぐっとみ込んだ。驚くわたしを察したのか、

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「いやね、しょっちゅう飲んでいるんですよ。落ち着きますからね。気にしないでください」

 そんな彼を見ながら、わたしは自分が入院していたときの主治医が「レキソタンには依存性があるから、あなたには処方しない」と語っていたのを想いだしていた。

 それでもわたしは、何度かその診療所に通った。別の実習生が来るたびに、わたしは臨床心理士の卵に一から同じ話を繰り返さなければならなかった。医師はといえば、わたしの話を聞く気などまったくない。「精神科医なんてね、まあこんなもんですよ。ほんと疲れますわ」と、冗談のつもりなのか、自虐的に言ったりした。わたしは苦笑いを噛み殺しながら、初任地で妻の治療にあたった院長の言葉を想いだしていた。彼もまた、なかば自暴自棄にわたしに言ったものだ。「精神科医にはな、自殺するやつもけっこうおるんやぞ」。そうか、彼らもまた……。