タイ・バンコクのコールセンターで一斉に電話を受ける日本人たちがいる。彼ら彼女らの多くは、日本で働き続けることに希望を見いだせなくなり、タイへと渡った人たちだ。「英語もタイ語もできないけれど海外勤務経験で成長したい!」といったキャッチフレーズで、移住を決めた人も少なくないという。

 しかし、海外での暮らしが理想通りになるかというと、決してそうとは限らない……。ここでは、ノンフィクションライターとしてアジアを中心に活動する水谷竹秀氏の著書『だから、居場所が欲しかった。』(集英社文庫)の一部を抜粋。バンコクで暮らす女性の思いを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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「海外勤務経験」「働きながら語学留学」の言葉に踊らされて

 私が取材したオペレーターたちは日本で転職を繰り返してきた人が多い。このまま非正規を繰り返していくのかと、日本で働き続けることに希望を見出せなくなった人の目に、求人サイトの、

「英語もタイ語もできないけれど海外勤務経験で成長したい!」

「語学留学したいけれど資金が不安、働きながら学びたい!」

 というキャッチフレーズが飛び込んできたとしたら? かつてタイを旅行した経験のある人なら、楽しかった当時の思い出が重なり、つい背中を押されてしまうのではないか。

 元オペレーターの女性は言った。

「日本にいるとあの文言は魅力的ですよ。現地の言葉とか英語ができなくてもいい。それでタイで働ける。海外で働きたいと思っている人には魅力的に感じられますよね」

 広告を打つ企業側も、志願者や読者からのそういった反応を期待しているはずだ。

バンコクに立ち並ぶ屋台 写真=筆者提供

 以前、若者たちの海外就職について、人の移動問題に関する研究を続ける京都大学大学院の安里和晃准教授と話をしたことがある。安里准教授は現地採用人員の現状について、日本における雇用の非正規化と連動している可能性を指摘した。

「企業は小泉改革以降、非正規雇用者を生み出してきました。日本から海外へ出て行く企業も、駐在員の派遣はコストがかかるから現地採用で外部化しようとします。そして人材紹介会社に採用までの手続きを任せる。日本の人材派遣と同じ構造で、統計からも推測できます。だから『成長するアジアで夢を摑む』っていうのは、言葉として聞こえはいいのですが、構造的に見ると日本の非正規化と連動しているのです。もっと手厳しいことを言うと、非正規化の中で若者たちは踊らされているわけですよ。でも可能性を信じないとやっていけない」