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前もって「盛られた」宣伝で「洗脳」して劇場へと誘う?  “映画配給”という仕事の知られざる実態

『職業としてのシネマ』より #1

2021/06/14
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「あの新作観た? すごく面白かった。絶対おススメ」「あの女優、今回、最高。観てないの?」「あの映画は観たらお得、損しない」

 とか、そんなふうに。

 それは、そうでしょう。映画作品を観ることから、皆さんの映画体験は始まるのだから。

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 完成した映画は、多くの人々の力の結晶で情熱の賜物。素晴らしいと感じられるように、感動できるように作られているのだから、それが観客側から観た映画というものなのだから、それで良いのだ。

 その作品が誰の手によって映画館で観ることができるようになったのか、いくらで作られたのか、何週くらいロングランヒットしているのか等々を、映画を観ながら考えるお客さんは、そうはいらっしゃらないだろう。

 まして、前もって「盛られた」宣伝によって、すでにかなり「洗脳」されて劇場へと誘われていることに気づいてもいないはずだ。

 だからこそ、配給という仕事、宣伝という仕事は、表立つ必要がなくていい。影の存在であるところに、ささやかな誇りを感じてもいる。

 だから、配給・宣伝の仕事ってどんなもの? と問われれば、

「ヒット作品の影に配給・宣伝の力あり、というような自負をもって、謙虚に、大活躍すべき仕事」

 などと、気取って言ってみたいものである。

 しかし、それもヒット作品を出した時にしか似合わない言葉だ。そうありたいと作品公開のたびに取り組んできた。

 そうでもなかったら、この仕事は続かないものだから。

映画好きなら映画の仕事はしないほうがいい

 そんな仕事を手がけたいという希望に燃える子息・子女が少なくない。

 学んだ語学、英語、フランス語などを活かせて「好きな映画」に携われるという、二つの魅力的要素が同時に手がけられる仕事だから、という理由が多い。

©iStock.com

 さらには「自分の好きな映画を買い付けて、外国と日本の架け橋になりたい」という望みも聞こえてくる。しかし、それは配給会社に就職することで叶うのかというと、そうとは限らない。

 まず、語学力というスキルは確かに役に立つ。それを学ぶためにも大学に通ったのだ。しかし、もう一つの要素、好きな映画というのが引っかかる。彼らの言う好きな映画というのは、どんな映画なのだろう。

「自分が好きな映画は、配給会社に就職しても配給できるとは限らない。映画が好きなら、配給の仕事はしないほうがいい」

 これは、配給の仕事をやった者にしかわからない真実であるのだが、仕事に就いてしばらくすると、「この仕事は、思っていたのと違っています。続けられそうもないです」と、こんな相談事が寄せられることが多いのも事実である。