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前もって「盛られた」宣伝で「洗脳」して劇場へと誘う?  “映画配給”という仕事の知られざる実態

『職業としてのシネマ』より #1

2021/06/14
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 思い描いていたものと現実との違いに気づいた時、彼らはすでにやる気を失っている。辞めることはもう決めていたりする。就職を志望した時と同じくらい、辞める時の決意も固い。

 配給の仕事を前もって知っているわけではない人が思い描く、この仕事とは、どのようなものか。

 配給作品に伴う宣伝拡散には、多くのメディア、新聞・雑誌やTV、ネット媒体などにコンタクトをとり、マスコミ試写会のお知らせや、試写で観ていただいた作品をどのように紹介してもらえるのかなど、メールや電話でお願いすることが必須になる。ここに多くの時間をとり、長丁場ともなる。しかも、近年はメディアがウェブやSNSにも及んでいるのだから、拡散対象は膨大となる一方だ。

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©iStock.com

 配給の仕事には宣伝の仕事がカップリングされている。映画を買い付けてから、劇場公開までの間、ほぼこの業務は続く。

「思ったものと違う」気持ちは、どうやらこのあたりから始まったりするようだ。

 映画文化、芸術の話を誇りをもって、映画を作った映画監督になり代わってやる仕事なのだから、「売り込み」に躊躇など無用である。

 しかし、なかなか行動には至らない例もある。

 それは、自分が好きな映画ではないからなのだ。

 好きな映画というのは、「自分が好きな映画」のことなのだ。

 それなら、映画は観るのが一番楽しくて、送り手になるのは難しい、ということになる。

 映画との関わりは、観ているのが最高でもある。観客でいることは「王様」になれるということでもあるのだ。2時間前後の間は王様になっていられる。所望した映画をどのように受け取ってもよい。至福の時間になるのである。

配給作品選択の見極め

 ところで、配給の仕事は儲からないものなのか。当初から儲からない仕事だったら、誰もやる気にならないものだ。

 ヒットの可能性は大いにある。それに漕ぎつけるようにする仕事であることは当然で、そこにはリスクが多いということなのだ。手がかからない、汗をかかないことが「儲かる仕事」だというならば、まさに真逆の仕事であると言いたい。

 しかも、明らかなのはヒットを出せても、毎回ヒットに恵まれることはあり得ないということだ。また、ヒットしないことが続いたら、会社としての存続が見込めなくなるのも当然だ。そうならないためにも、宣伝しやすい映画を見つけるということが肝心である。