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前もって「盛られた」宣伝で「洗脳」して劇場へと誘う?  “映画配給”という仕事の知られざる実態

『職業としてのシネマ』より #1

2021/06/14
note

 宣伝して作品価値が倍加する映画を、目ざとく見つけ出すことが、まず先だ。買い付けの段階で、配給作品の選択には、本気で取り組まねばならない。

 この見極めが勝ち負けを分かつといってよいと思う。

 宣伝の効果が見込める作品かどうかは、日本国内での引きがあるかないか、観客を引き寄せる力となる話題作りの切り口が見つけられそうか否かが重要だ。

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「自分の勝手な惚れ込み」とか、「本国で大ヒットした」からとかの一元的な作品選びは決め手にならない。日本国内の観客は甘くないのだ。

 また、国内の競合会社との競りあいで、大きな買い付け金額になることを避けることも考慮する。勝負を賭けてもいいが、無理な出費までして「見栄を張る」ことはない。元からマーケットは大きくはないのだから。

映画配給ビジネスは毎回「戦争」

 このビジネスは、出費が映画作品公開前まで長く続くものなので、最初の買い付け金額が大きな出費になれば、回収は大仕事になることは間違いない。

 買い付けから始まり、半年あまりを宣伝期間とした場合に、金銭の「入り」はなく、「出」ばかりが続いていく仕事である。

 例えば、私のもう一つの会社は雑誌・広告の企画制作の仕事で、あらかじめクライアントからの予算が事前に提示・確定される。そのうえで制作ができる。しかし、こういった、言わば「平和」なビジネスとは、真逆にあるのが映画配給の仕事だ。

 平和な仕事の中にも、質の高いものを生み出すには、腕前の勝負という「戦い」は、もちろんある。それに比べて、配給の仕事は公開前までに買い付け・宣伝という大きな金額の支出を自社で負い、回収は劇場の観客動員から得る収益からである。観客の皆さんが頼りなのだ。

 毎回、「戦争」だ。

 言うまでもないが、他にも会社固定費としての人件費をはじめとする諸経費は、上映収益以前に支出として、会社運営にとっての相当額の出費になる。

©iStock.com

 演劇などの公演はあらかじめ日程が決まっていて、それについてのチケット販売が行われる。その点についても、映画は違う。チラシを見たらおわかりのように、新春とか今秋というような表示が刷られていることが多いと思うが、その時点では公開日程が決まっていない。公開直前に具体的日程が決まると、チラシに初日を刷り込み再度配布する。マニアなら両方のチラシを持っていたりするはずだ。

 一作品のことを越えて、配給会社の収支全般でいえば、誰にも明白なのは、ヒットする作品も、しない作品もあって当たり前、立て続けにヒットするということは稀なことであり、コントロール不可能な「賭け」ともいえる側面を持っているということなのだ。

 それが、洋画配給ビジネスという仕事だ。

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職業としてのシネマ (集英社新書)

高野てるみ

集英社

2021年5月17日 発売

前もって「盛られた」宣伝で「洗脳」して劇場へと誘う?  “映画配給”という仕事の知られざる実態

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