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「服を全部脱ぐよう命じられた」ソチでは日本人が容疑者扱い 知っておくべき“五輪とテロ”の現実

「服を全部脱ぐよう命じられた」ソチでは日本人が容疑者扱い 知っておくべき“五輪とテロ”の現実

ソチ、リオ五輪“対テロ”体験記

2021/06/09
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「地獄へようこそ」ソチよりも危険度の肌感覚が高かったリオ五輪

 危険度の肌感覚でいえば、ソチよりもリオデジャネイロのほうが高かった。

 開幕1カ月前の2016年7月、大会関係者の入国ラッシュが始まった。この節目の日を利用して、地元の警察官と消防団の組合が国際空港の入国ゲート付近で、抗議デモを行った。彼らはこんな横断幕を掲げ、入国してくる外国の五輪関係者にアピールした。

「地獄へようこそ」

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リオデジャネイロのメーン会場、マラカナン競技場のまわりで行われた大学生たちの抗議デモ。リオデジャネイロ五輪の直前には地元財政が破綻し、州立大学は職員らへ給料が支払うことができず、休校が続いた(2016年6月)

 2016年夏、ブラジルはかつての経済成長の勢いはすっかり姿を消し、不況のどん底へと坂を急スピードで転がり続けていた時期だった。国家財政は火の車。リオ州は財政の非常事態宣言を出し、都市機能が麻痺していた。

 その結果、犯罪が多発した。麻薬の売買を資金源とする「ファベーラ」(貧民街)と警官隊の「内戦」(リオではこう言われていた)が激化。麻薬組織の一員はマシンガンやランチャーさえ持っており、街では重武装した警官隊との銃撃戦が頻発し、2016年は4月までの4カ月間で35人の警官が殉職、4日に1人の警官の命が失われていた。

 それにもかかわらず、州財政逼迫のあおりで、警察官には給料が何カ月間も未払いの状況が続いた。死に直面しながら、給料も受け取れず、使命感だけでギャングに対峙するのは無理だ。警察官らはそのことを海外に訴えようと、空港でデモを行ったのである。警官らは「われわれは給料が支払われていない。リオに来る人は誰でも安全ではない」と訴えた。

歩きスマホは1000ドル紙幣を見せながら無防備で歩いているようなもの

 開幕50日前にはこんなこともあった。麻薬組織が期間中に指定医療機関になる公立病院を襲撃したのだ。病院には1週間前に警察に捕まり、治療を受けていたリーダー格の仲間がいた。麻薬組織の一員はマシンガンなどで武装し、病院内に侵入し、仲間を連れて逃亡した。この病院はマラソンのスタート・ゴール地点となる施設「サンボドロモ」のすぐそば。銃撃戦の末、市民一人が巻き添えにあい死亡した。

 リオでは、財布を持って街を歩くことはできなかった。平穏に思える街中でもいつ何時、銃をつきつけられて、金品を奪われるかわからない。市内では車に乗っていても赤信号で止まってはいけない箇所があった。ボトルネックになっている道路で、赤信号で渋滞が起これば、そこにギャングが現れてドライバーや同乗者に銃をつきつけ、次々に金品を奪っていく。路線バスも同じで、時々、停留所でギャングが襲撃し、乗客から財布を奪った。ギャングは腹いせに帰り際、バスに火を放つこともあった。警官が駆けつけるころには、もうギャングたちは逃げて、決して捕まることはない。犯人たちはファベーラの10代の若者で、ローティーンの者も多かった。

ブラジル・サンパウロで10歳の少年が警官に射殺された事件と、北海道の7歳の男の子が保護されたニュースを同じ日の紙面で報じたブラジルの有力紙グロボ。10歳の少年はギャングの一員で車を盗み、警察との銃撃戦の末、撃ち殺された(2016年6月、佐々木正明撮影)

 歩きスマホなどもってのほかだった。高性能のスマホ、特にiPhoneは、リオでは中古品であっても高値で取引される。現地の総領事館職員に「歩きスマホは、800ドルから1000ドルの紙幣を見せながら無防備で歩いているようなもの。絶対にやめてください」と注意された。