視聴率一辺倒だった価値観からの変化
静かな朝ドラ『おかえりモネ』は、現時点では過去の名作のように大ブームや社会現象を起こすような話題を呼んでいるわけではない。前作『おちょやん』から続き、視聴率は10%台の後半で推移している。だが、とやかく言われる朝ドラの視聴率に対して、NHKのスタンスが以前とは変わってきているのも事実だ。
『おかえりモネ』初回放送2日後の5月19日、NHKの総局長会見で、前作『おちょやん』の視聴率が平均で20%を切ったことについて問われた正籬聡総局長は、
「最近はリアルタイムでご覧になる方だけでなく、タイムシフトでご覧になられる方、『NHKプラス』など見逃し配信で見て頂く方も増えている。そうした意味でいろんな視聴の在り方があると思うので、数字そのものだけでなく、タイムシフトで見られてる方や、そうした方々の反響も聞きながら、より良いドラマにしていきたい」
「(おちょやんについて)視聴者の方々からコロナ禍で不安な日本の朝に笑いと涙、元気をもらいましたという声を頂いた。私も楽しませてもらった」
と高く評価するコメントを出した。
視聴率が平均で20%を切ったではないか、とメディアが質問するのは、朝ドラは20%は取らなくてはならないはずだという呪縛のような空気が存在することの裏返しとも言える。だが、それに対して作品としてのクオリティで答える総局長の答えには、 NHKとしての自信が満ちているようにみえた。
実際『おちょやん』で主人公の千代を演じた杉咲花は、いくつかのWEB記事が書いたお決まりの視聴率記事など吹き飛ばすほど女優としての評価を上げた。東京出身とは思えないほど大阪弁を見事に使いこなし、少女時代から晩年に至る幅広い主人公の人生をその演技力で表現した。成田凌をはじめとする名優たちとの相乗効果も相まって、濃密な人情劇としての『おちょやん』は作品的に高い評価を得た。
北川悦吏子や野木亜紀子という優れた脚本家たちが「脚本家として批判を引き受ける覚悟はあるが、つらいのは主演俳優が視聴率でバッシングされること」と異口同音に語るメディアの風潮は今も存在する。 だが、『おちょやん』と杉咲花に対する高い評価は、作品や俳優の評価が視聴率一辺倒だった過去の価値観の変化を思わせる。
もちろんNHKのドラマは、昭和の時代から質の高い名作を生んできた歴史がある。だが、ここ最近のNHKドラマのラインナップは過去最高ではないかと思うほど充実している。稲垣吾郎を迎え、外見をテーマにした『きれいのくに』。芳根京子と永作博美が女性週刊誌の記者としてバディを組む『半径5メートル』。渡辺あやのオリジナル脚本で、大学を舞台に社会構造に踏み込んだ『今ここにある危機とぼくの好感度について』。
あげ始めればキリがないが、半期のベストならこれ、と上がるような作品が1クールに、しかも同じNHKで日替わりで放送される圧倒的な布陣には驚くしかない。