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2021/06/13

source : 文藝春秋 digital

genre : ライフ, ライフスタイル, 教育, 働き方, 社会

財務省の時も弁護士の時も、セルフイメージが崩れていくようで

――弁護士のお仕事にはまりきれなかったのも、そのあたりが影響していますか。

山口 今、本当にそう思っています。法律家の時はやっぱり……。私は昔から圧倒的にできた経験なんてなかったのに、自分は飛び抜けてできるはずだという自己認識を持って社会に出て、財務省の時も弁護士の時も思うようにできないことを納得できなくて。財務省は勝負を逃げてしまったところがあるし、弁護士の世界でやってみても文章をほとんど直されたりして、セルフイメージがぼろぼろと崩されていくようで。その評価に納得できずに、メディアに出始めたんです。

――そうでしたか。

山口 でも、メディアに出ることに対して保守的な事務所だったので、退職勧奨というか仕事を一切もらえなくなりました。稼働ゼロになって、どうしようと。私、ここまで追い詰められていたんだなと思って……(涙があふれる)。すみません、話すと感情的になっちゃって。東大から社会に出て、仕事にうまくはまらなかった時に、私が悪いんだ、駄目だ、と自分を責めて疲れてしまったんです。今思えば単純にその仕事が合うか合わないかの問題なので、次の道を探せばよかったんですが。

 

王道で評価されなくてもいい。今は自分に満足しはじめている

――東大女子は「社会に出てから自責の念にとらわれる人がいる」というお話もありましたけど、山口さんはそういう段階を経て、コメンテーターという次の道を選んだわけですよね。「私って駄目なんだ」で終わってしまう人もいるんじゃないでしょうか。

山口 新しい道を模索するのをやめてしまう人も結構多いかなと感じます。それに私にしても、メディアに出ることについては、弁護士や財務省のいわゆる王道を行く人たちに比べて邪道だと言われます。

――それは悲しい言葉ですね。

山口 東大のような王道と言われるところでは、いまだにメディアに出ることを決してよく思わないというか、やや軽んじている文化がありますね。私自身も以前は、王道で評価されなかったから逃げた人間だと思って、コンプレックスを抱いていました。でも今は、自分に満足しはじめています。東大のように一つのものさしで走るという世界ではなく、可能性の扉を開け続けて、一つでも自分の居場所があればそこに居座っていいんだと。弁護士を辞める頃は、この世界にはまれなかった私は消えたほうがいい、と常に思い詰めた状態だったんですよ。