「瑞貴がいないの」
晴彦は床に転がっているオモチャを手に取り、二人してベッドに横になった。夜景が見える窓はしっかりと閉められており、外の音は聞こえない。
しばらく二人で遊んでいると、予想通り瑞貴が眠たそうに目をこすりはじめた。
「パパ、僕、もう寝たい」
彼は体をなでた。
「じゃあ、寝ようか。お風呂はまた明日にしよう」
瑞貴は目を閉じるとすぐに寝息を立てだした。眠りが深く、寝付けば朝まで起きることはない。
晴彦は自分も眠気を感じたが、やり残したことがあった。明日、病院へ面接に行くことについてもう一度恋と話し合った後、入院の準備を整える必要があった。
午後11時、バスルームから恋が体を火照らせて出てきた。彼女は寝室をのぞいて言った。
「瑞貴、寝た?」
「ああ、ゲームしてすぐに眠ったよ」
「私、携帯電話を会社に忘れてきちゃったみたいなんだけど、ちょっと取りに行ってもいいかな」
先ほど会社に寄った時、デスクに置き忘れたのだという。
晴彦の脳裏に不安が過った。一人で外出させれば、コンビニに寄って万引きをするかもしれない。
「それなら、俺が取ってくるよ。どこに忘れたの?」
「事務所のデスク。ビジネスフォンの脇にある」
はっきりとした言い方だった。
「わかった。俺が行くから、家で待ってて」
「うん」
晴彦は上着を羽織ると、翌日がゴミ収集日だったため、生ゴミの袋を持ち、マンションを出た。
会社に到着すると、晴彦はシャッターを開けて階段を上がっていった。デスクの上には、彼女の言った通り携帯電話が置かれていた。それを手に取り、会社を出た。
帰り道、晴彦は風が冷たかったこともあって自動販売機で缶コーヒーを購入し、上着のポケットに入れて手を温めながら帰宅した。家を出てから帰るまでは20分弱だった。
路地を曲がると、マンションの前に恋が一人で立っているのが見えた。キョロキョロとあたりを見回している。
晴彦は声をかけた。
「どうした?」
「瑞貴がいないの」
冗談だろ、と思った。
「いない訳ないだろ。布団で寝てたじゃないか」
「パパが出て行く時のドアの音で目が覚めちゃったの。それで追いかけて出て行っちゃったのよ」
絶対にそんなわけがない。瑞貴はドアが閉まったくらいの音では起きないし、ましてや真冬の夜中に5歳の男の子が一人で外に出ることなんてない。きっと恋は変な妄想につかれているのだ。