血だらけで倒れている瑞貴
晴彦は聞き流して言った。
「部屋で寝ているよ。とりあえず、もどろう」
エレベーターに乗り、13階の部屋へ上がっていった。
家の玄関で靴を脱ぎ、寝室をのぞいてみた。その瞬間、晴彦の背筋に冷たいものが走った。なぜか閉まっていたはずの窓が全開になっており、寒風が音を立てて吹き込んでいたのだ。ベッドの上に瑞貴の姿はない。次の瞬間、思いつく中で最悪のことが脳裏を駆け巡った。
——恋が窓から落としたんだ!
急いで家を飛び出し、一階に降りていった。窓の真下は植え込みになっている。そこを見ると、血だらけの瑞貴が倒れていた。
「おい、瑞貴!」
駆け寄って抱きかかえたが、ぐったりとして反応がない。
「瑞貴! 瑞貴!」
腕や足がだらりと下がっている。窓から落ちて叩きつけられたのだとしたらひとたまりもない。
救急車を呼ばなければ、と思ったが、携帯電話を自宅に置いてしまっていた。晴彦は血に染まった瑞貴を抱いて引き返した。エントランスに着いて、エレベーターのボタンを何度も押したが、なかなか降りてこない。
いても立ってもいられず、瑞貴の手を取って声をかける。
「大丈夫か! 瑞貴、大丈夫か!」
瑞貴は返事をしなかったが、小さな手で晴彦の指を握り返してきた。
まだ生きてるんだ。晴彦はなんとか助けたいという一心で瑞貴の唇に口をつけ、人工呼吸をした。すると、瑞貴がぎゅっと舌を噛んできた。
エレベーターが一階に到着したのは、その時だった。男女のカップルが出てきた。自宅に電話を取りに行くより、二人に頼んだ方が早い。晴彦は瑞貴を抱えたまま言った。
「すいません! 携帯電話を貸していただけないですか!」
カップルは戸惑う。晴彦は構わずにつづけた。
「この子が怪我をしているんです! 110番してください。お願いします!」
119番ではなく、110番という言葉が口をついて出たのは、恋に落とされたと確信していたからだ。カップルはその場で110番通報した。
パトカーがマンションに到着したのは、7分後のことだった。つづいて救急車も駆けつけた。
瑞貴は、大学病院へと搬送されたが、すでに手遅れだった。医師が死亡を確認したのは、午前0時12分だった。