一般には知られていない中堅ゼネコンの社長にもかかわらず、永田町では知らぬ者のいない有名人だった男が、2020年12月17日に帰らぬ人となった。その男の名前は水谷功。小沢一郎事務所の腹心に次々と有罪判決が下された「陸山会事件」をはじめ、数々の“政治とカネ”問題の中心にいた平成の政商だ。
彼はいったいどのようにして、それほどまでの地位を築き上げたのか。ノンフィクション作家、森功氏の著書『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』(文春文庫)より、芸能界でも幅を利かせていた男の知られざる正体に迫る。(全2回の1回目/後編を読む)
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初公判のクライマックス
2月7日午前9時過ぎ、東京地裁玄関前はいつになくごった返していた。桜田通りに面した門の付近には、テレビクルーや新聞記者、雑誌のカメラマンたちが陣取り、小沢一郎の元秘書たちを待ち受けている。地裁の敷地に入ると、さらに大勢の人だかりがしていた。玄関脇では、104号法廷の55席という貴重な一般傍聴席に座るため、454人が抽選を待っている。実に8倍強の競争率だ。
10時少し前、元秘書3人が並んで104号法廷に入廷した。大久保と石川がチャコールグレーの地味なスーツ、池田は紺地にストライプの背広をまとっている。正面に向かって右から大久保、石川、池田の順で、登石郁朗裁判長の前に並んで立った。
「開廷します」
裁判長による宣言のあと、検察官による起訴状の朗読、さらに小沢側の罪状認否がおこなわれた。焦点の石川が、ワープロ打ちしたA4用紙を手にとり、視線を落として口を開いた。
「小沢議員から借用した4億円の記載が(政治資金収支報告書に)ないとされているが、私としては記載したつもりだ」
そう全面無罪を主張する。そこから水谷建設からの献金に触れた。ひときわ言葉に力を込める。
「5000万円を受け取ったそのような事実は断じてない」
大久保、池田も同じように全面否認し、無罪を主張する。そこから検察側の冒頭陳述に入った。
公判検事が読みあげる冒頭陳述のなかでも、最も時間を割いたのが水谷マネーのくだりだ。検察側の強みは、水谷功の証言だけではない。
全日空ホテルで渡されたとされる1回目の裏金5000万円について、検察は水谷建設に残っている出金書類をはじめ、現金の運び方や保管の仕方にいたるまで、証拠を固めてきた。それらが冒頭陳述で明らかになっていく。公判検事は、水谷建設元社長の川村と元秘書たちの出会いに踏み込んだ。
「水谷建設の社長は、日本発破技研の山本に依頼し、川村が大久保の紹介を受けた。胆沢ダム工事の下請け業者選定に強い影響力を有すると目されていた小沢事務所の大久保を訪ね、料亭で接待するなどし……」
そして現金のやり取りについて、こう指摘した。
「平成16(04)年9月ごろ、大久保から、選定してもらいたいなら本体工事の入札後に5000万円、岩石採取工事の下請け幹事社決定後に5000万円の計1億円の謝礼を渡すよう要求された」